FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



ネット小説のランキングに参加しています。投票(週1回)いただけると、とっても励みになります♪
 お気に召したらぜひ一票♪にほんブログ村 恋愛小説(純愛)へ 
*Edit TB(-) | CO(-) 

5.王の子

2009.02.25  *Edit 

 しばらくぶりに見た、鮮やかで、生々しい夢。
 ケインは叫びながら飛び起き、薄暗い空間の中で必死に両手を動かして、自分の唇を拭った。血の味が、消えてくれない。それはまるでついさっき身にふりかかった出来事のようで、ケインの息が乱れ、呼吸が浅くなっている。彼は体中を手で触り、体の各部位があるべき箇所にまだついていることを確認して、ようやくほっと息をついた。
「夢、か。本当に、夢……」
 空腹感はそれほどひどくなく、まだ夜中前の時間だと思われる。 
 ケインが短い眠りから目覚めてまもなく、“梟(ふくろう)の男”が階段を降りてくる足音が彼の耳に届いた。男は左足を階段につけるまでにやや時間がかかるので、その足音を聞けばそれが彼だと簡単に判別できる。男はいつも無言で牢内のケインを眺め、奥にもう一つある空っぽの牢と通路を簡単に見回しては帰っていく。
 うさんくさそうに見える男だが、ケインの劣悪な境遇に同情したのだろう、着古した服をケインに置いていった一ヶ月くらい前を境に、三日おきの割合で、小さな焼き菓子や固いパンを持ってくるようになった。その日の見回りにも、男は柵の近くに寄せてあった空の盆の上にパンの欠片を無造作に置いていった。 
 
 あの惨劇を夢で見たのは半年ぶりぐらいで、何か特別な意味でもあるのではないかと、胸騒ぎがして仕方がない。
 “梟の男”の足音が階上で消えるなり、ケインは急いで床に立ち上がった。牢を抜け、廊下の突き当たりの壁にある穴をくぐって、ケインは三日ぶりに抜け道の階段に降り立った。同じ地下でも、そこは彼のいる牢とは違う空気の匂いがする。彼は階段を上がり、一つ目の十字路で左折して、下っていく細い階段を降りていった。
“人々から忘れ去られ、誰の関心をも受けることのない人生を楽しめ”
 突然、黙々と歩みを進めるケインの頭に兄の声が冷たく反響し、彼は身震いした。予期せぬ殺戮の後、ケインの部屋を去る際に兄が吐き捨てるように残していった言葉だ。
 何が兄をそうさせたのか、今でもわからない。
 あの時の兄は狂ったかのようだった。あんな兄は、生まれて初めて見た。彼らの母親を断じなければならなかった時でさえ、あれほどまでに怒り狂い、我を見失ってはいなかったというのに。

 ――二年半ほど前、王国一の剣使いと世に名高い兄は、いきなり踏み入ったケインの部屋でその場にいた者たち全員をあっという間に斬り殺した。兄は少しの躊躇も見せず、気に入っていたはずの侍女も、兄弟の惨劇を阻もうと二人の間に立ちはだかったケインの家来も、あえなく兄の剣の犠牲となった。
“ケイン様を……ご自分の兄弟に手をかけては……!”
 口から血をほとばしらせて家来が言うと、兄はさらに怒りで顔をひきつらせ、彼の体に突き刺した剣をぐるりと回転させた。家来の男が苦痛にあえぎ、その背中から突き出た剣先から滴った温かい血が、悲鳴をあげたケインの口の脇に落ちた。錆びた鉄の味がした。
“そやつが弟だったことなどない! おまえも共に、地獄に落ちるがよい!”
“どうか、お静まりを! 殺しても何が……あ……ああ、ゴーティス……王!”
 兄は血走った目を見開き、男の体ごとケインに剣を突き立てようとしたが、剣をつかむ血だらけの男の手を見て、急に無表情に変わった。
 あの時、兄は本当に突然に、男から剣を引き抜いた。
 力の抜けた家来の体は、単なる重いかたまりとなってケインの体の上にどさっと落ちてきた。男の流す血でケインの服や腕は真っ赤に染まり、彼は自分まで死んだような感覚に陥って、大きな悲鳴をあげた。今ここで起きた現実が受け入れられず、ここで死んだ方がましだ、と思った。怯えるあまり、ケインは兄を全く正視できなかった。
 全ての惨劇が終わった直後に駆けつけた兄の腹心がケインの傍に来て、ケインがそのとき初めて兄を見上げると、彼は背筋が凍るほどに冷たい視線をケインに投げかけた。それから兄は嘲るように笑い、血の海となったケインの部屋を悠々と立ち去っていった。女たちの悲鳴に気づいていたはずのケインの衛兵たちは、兄が部屋を出てからやっと彼の部屋に来て、そこに広がる衝撃の光景に言葉を失っていた。 

 次々に思いをめぐらせて歩いていたせいで、ふと気づくと、ケインは自分が今どこを歩いているのかがわからなくなっていた。彼の背後に続く急階段を見たとしても場所を特定できるはずもなく、自分がどこをどう曲がってここまでたどりついたのか、全く想像がつかない。彼は、上半身がすっと冷たくなるのを感じた。
 地下牢に戻れなくなれば、朝になって牢がもぬけの空となったことに気づいた“口笛吹き”が、サンジェルマンにケインの不在をすぐさま報告し、今度こそ間違いなく、自分はこの世から永遠に消されてしまう――。
「ああ、何てことだ、すぐに戻らないと!」
 大慌てで階段を引き返そうとし、階段を五段ほど駆け上がったところで、ケインははたと足を止めて後ろを振り返った。どこか、すぐ近くで水の流れる音がする。それも、今まで聞いた流水音とは異なり、大量の水がゆったりと流れるような静かな音だ。
 ケインは全方角に耳を澄まし、もう一度、その音源の種類と場所を慎重に確かめようとした。たしかに、彼の立つ地点より下の方向から水の音が聞こえてくる。彼の下に伸びる階段は左にゆるやかに湾曲し、その先はさらなる真っ暗闇だ。
 これまでずっと五感をとぎ澄ませながら抜け道を捜索してきたのに、彼がこんな水音を聞き逃すはずはない。かなりの高い確率で、ケインがここに足を踏み入れたのは初めてだ。ケインはどうすべきか迷って、来た道を頼りなく振り返り、次に、暗闇にぼんやりと消えていく下り階段の先を見つめた。
「ああ、ジェニー、どうすればいい? 私はきみと城外へ脱出するまで、死ぬわけにはいかないのに!」
 ケインは彼女のせっぱつまった顔を思い出し、上に行く階段を眺めていて、やがて、足元を何気なく見てはっとした。埃の積もった階段の踏み面に、ケインの裸足の足跡がくっきりと浮かびあがっている。ジェニーが一度も迷わずに部屋からケインの地下牢にたどり着いたときに頼ったという、ケインの足跡。
 喜びいさんでケインが階段を駆け降りていくと、その突き当たりの場所に、彼の体の横幅ほどしかない木の扉が出現した。流水音はさらに大きくなり、その扉の向こう側から聞こえてきている。ケインは扉の前で神に祈りを捧げ、期待感を込めて、取っ手をゆっくりと引いた。
 扉の中の世界もまた、暗闇だった。だが、ケインが足を降ろした石段の目の前には、彼の手の長さよりも少し広い幅の人工水路が横たわり、いっぱいの水をたたえて右の方へゆるやかに流れている。彼が以前に見つけた水路はこの半分の幅もなく、水は水路の高さ半分にも満たなかった。
 これが主流かもしれない、と思いながらケインが水の流れる方向に歩いていくと、いきなり、彼の前方の視界が大きくひらけた。そこはがらんとした空間で、左斜めに方向を変えた水路は膝丈ほどの低い壁にぐるりと囲まれた水槽に連結されていた。水路から流れ出た水は、その壁の内側半分ほどの水位にまで溜められている。
「――貯水槽か!」
 ケインはなおも室内を見渡して、貯水槽の奥に下り天井となった部屋があるのを見つけた。貯水槽壁の曲線に沿って歩いていくと下り階段が現れ、低い天井だと思われた部屋は下に向かって広がっている。そこにも小さな水槽がもう一つあり、床に設けられた細い排水溝が奥の壁にある穴に向かって続いていた。今までに見たことがない施設だが、彼がどこかで嗅いだことのある匂いが室内に残っている。水槽の壁には二段の石段が設置されており、入浴に使用される“泡立ち草”と呼ばれる薬草が床に転がっているのを目にしてやっと、ケインはその施設が入浴場だと気がついた。

 誰かが水を抜き忘れたらしく、小さな水槽は満杯の水を残したままだ。水面に誘われるようにして水を指で触ったケインは、以前の地上での生活で召使たちに身体を丁寧に洗われた記憶を脳裏によみがえらせた。
 子供の頃のケインは、人見知りだった兄とは対照的に、常に多くの人々に囲まれた日々を送っていた。ケインは使用人たちにも愛想よく振舞い、入浴の際にも召使たちとよく話しながら何度も腹を抱えて笑っては入浴が中断されるはめになって、そのたびに彼らにたしなめられた。また、傍らにいる彼らをからかおうとして、ケインは洗い終わったばかりの髪を左右に振って水滴を飛ばし、年長の召使の怒りを買ったこともある。
 久しぶりの水の感触があまりにも心地よく肌になじみ、ケインは腕を水の中へ深く入れた。水は冷たく感じられず、ケインは、自分の手が水面に作る波紋を眺めながら、恍惚感が腕を伝わって全身に広がっていくのを楽しむ。
 自分の頭が抑制するより早く、ケインは服を脱ぎさり、床の上に放り投げてしまった。足に触れる水が冷たいと感じられたのは最初の一瞬だけだ。肩まで水に浸かると、日照り続きで乾ききった地面のように、ケインの全身のそこかしこが我先にと水を吸い上げ始める。体の要求に素直に従い、ケインは頭までを水面下に沈めた。
 水面から頭を勢いよく上げ、ケインは顔の水を両手で拭いながら歓喜のため息をついた。なにしろ、二年半ぶりだ――。
 体が久々の入浴で嬉しがっているのか、勝手に笑い声が口をついて出てしまい、ケインは沈黙する空間を慌てて見渡しては無人をあらためて確認する。彼の記憶にある城の入浴施設は全て地下にあり、その法則がここにも当てはまるのならば、衛兵や使用人たちの出入りする場からはずいぶんと離れていて、多少の物音がしても彼らの耳には届きもしない。そう自分に言い聞かせると、床に放置された“泡立ち草”を目にして、ケインは静かに浴槽の中で立ち上がった。
 初めて手にした“泡立ち草”の扱い方がわからず、ケインは苦労してそれを両手で泡立てると、召使たちの手の動きを思い出し、数度に分けて頭髪を洗った。白い泡からは、不快ではないが鼻につく香りがする。同じようにして身体も隅々まで洗うと、泡の下からはケインが本来持っていた肌の色が久しぶりに現れた。
 もう一度だけ静かに水の中に体を浸し、ケインは顔を水の中にそっとくぐらせた。さっきよりも、水分が肌を通して流れ込んでくるような気もする。それからケインはおもむろに水面に顔を出し、目をぴったりと閉じて、手足の動きを封じ込めた。雑音の消えた空間の中で、水路から貯水槽に流れ落ちる水音が実際の音量よりも大きく反響して聞こえてくる。次に、ケインは両目をしっかりと開き、貯水槽に水を流し入れる水路に視点を定めた。

 ケインが人工水路の敷かれた空間を上流へたどっていくと、それはやがて、一人の人間が腰をかがめてやっと進める大きさの空間に変わった。彼は何度か水路の中を歩くはめになり、その洞穴のような空間をなおも遡っていくと、広い場所で空気がさざめくような音が彼の耳に聞こえてきた。水路の上流を見やると、自分がそれまで見てきた水路の幅がさらに広くなっていく。それに伴い、当然、彼のいる空間も広くなっていく。
「ああ……」
 ケインが別の空間へ繋がる出口に立ったとき、感動なのか、安堵なのか、判断がつきかねる、長いため息がもれた。水路の先は頑丈な石造りの壁に伸びていて、その壁の左右がどこまで広がっているかを確認はできなかったが、ケインが背伸びをして壁の反対側を覗いてみると、そこには黒く光る水が一面に広がっていた。そしてその水面の上を、彼の方に向かってゆったりとした波が繰り返し押し寄せている。
 ケインの記憶が正しければ、彼は城の最北端に位置する場所にいる。城の北方を流れるシエヌ河から水を引き込み、王城北側の城壁を挟んで水を貯めている場所があるのだ。城壁を通じて城内へ通じる引き込み口が一つだけあるというが、外敵の進入を防止するため、それとは別に“偽物の”引き込み口が複数設けられているそうだ。しかし、ケインは城内から水路を上流へとたどってきたのだから、この溜め池は城外にも続いているはずだろう――。

 ケインは一心不乱に階段を駆け上った。腰も痛んだが、駆けずにはいられない。
 もう一眠りすれば下働きの者たちが起き出す夜明けになろうという時間で、城中がまだ眠りについていることはわかっていた。ジェニーだって、今頃は部屋で熟睡している頃だ。石段を蹴るたびにケインのふくらはぎが張り、自分が道なき道を行き、時には水流に逆らって歩いたせいで足が予想外に疲労していることを思い知らされたが、ただただ、地上に向かって走り続けた。 
 一度も足を止めずに走ってきたケインは、階段とジェニーの部屋を遮断する扉まで手が届く位置に来たとき、ようやく我に返って急停止した。激しい呼吸音が地上に漏れないように手で口を覆いながら、彼は、自分を落ち着けるためにも、二度、ゆっくりと深呼吸をする。乱れた呼吸が、早鐘を打っていた心臓が、興奮冷めやらない頭が、徐々に平静にと戻っていく。
 ケインはたった今の現実に目を向けようとし、木扉を見つめた。扉の前に、彼の侵入を防ぐジェニーからの“合図”は何もなかった。兄、つまり、ゴーティス王は彼女を訪ねてきていないということだ――。
 王が彼女と一緒にいる光景を心に思い浮かべると、ケインは、奥歯をきつく噛み締めてしまう。
 扉に手を伸ばしかけ、ケインの手はあえなく止まった。彼女の眠りを妨げることに罪悪感があるからではない。彼女なら、むしろ、この思いがけない知らせに飛び上がって喜ぶだろう。
 あの王を倒すことなどどうしてできよう? おそらく、今の彼女には城を脱出することが最良の選択だ。 
 けれども、そうなれば、王はどうされるだろう? 命を狙われてもなお彼女を生かした、つまり、彼女に執心しているともいえる王の鼻先から、私が彼女を連れ去ったと知れば……?
 頭をよぎった惨事を無理に振り払い、ケインはあらためて扉に手を触れようとして、やはり躊躇してしまった。ジェニーの喜ぶ顔を見たいのに、彼女を見ればその背後にゴーティス王の姿が見え隠れしそうな気がして、足がすくんでどうしようもない。
 ケインは自分の情けなさに毒づきながら足元に視線を落とし、扉から漏れてきている淡い光に不意に気がついた。朝日というにはまだ早すぎる時間だ。
 では、この光は?
 ケインはあわてて扉を開き、暖炉の前に立って、心底驚いたように自分を振り返ったジェニーと鉢合わせた。部屋の小さな窓が開放されているらしく、室内には月の弱々しい明かりが射していた。


ネット小説のランキングに参加しています。投票(週1回)いただけると、とっても励みになります♪
 お気に召したらぜひ一票♪にほんブログ村 恋愛小説(純愛)へ 
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL
http://novellovers.blog73.fc2.com/tb.php/71-56ed4975

 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。