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4.復讐のとき

2009.02.23  *Edit 

 ゴーティスの体は毛布の中で温かく保たれていて、久しぶりに熟睡をしたような妙な爽快感があった。青白い光が窓から室内に細く差し込み、別の方角には黄色い灯火らしき光が見える。今がはたして夜明けなのか、日暮れなのか、目覚めたばかりのゴーティスには判断がつかない。
 おもむろに頭を上げようとして、ゴーティスは、予想外に自分の頭が重いことに気づいた。
「なに……?」
 毛布から手を出し、ゴ-ティスは後頭部に手をそっとあててみる。
「王?」
 沈黙していた空間から女の声が聞こえ、ゴーティスは咄嗟に全身を硬くした。毛布の中で、それまでの仰向けから横向きに姿勢を変え、声の聞こえた方向に問い返す。
「誰だ?」
「おお、気がつかれましたか、王……!」
 目の前に現れた女はジェニーの侍女だった。心底嬉しそうに顔を輝かせ、ゴーティスを見つめている。
「おまえは、たしか……ジェニーの?」
「はい! ご無事で何よりでございます、王! ご気分はいかがです?」
「気分……」
 ゴーティスは手を額に当て、ぼんやりと質問の意味を考えた。そして、自分の全身が痙攣して動けずにいた状況をすぐに思い出す。床の上で眠りに落ちてしまって以降、記憶がない。
 彼が考えている間に彼女は他にも控えていた者を呼んだらしく、寝台横には医務服を着た男が駆けつけた。ゴーティスの侍医ではないが、いつも侍医の側にくっついている男だ。
「……おまえは? 侍医はどこだ?」
 ゴーティスが尋ねると、男がちょっと困ったように女と顔を見合わせ、申し訳なさそうに切り出した。
「それが……あいにく、何らかの中毒と思われる症状により、床に伏せっている状態でございまして。未熟者ながら、急遽、私が王の処方をさせていただいた次第でございます」
 突然にゴーティスの身を襲った異変は、どうやら他の者たちの間でも蔓延しているらしい。ゴーティスが男の説明に無反応だったせいか、彼がゴーティスの機嫌をうかがうように、おそるおそる尋ねた。
「王、ご気分はいかがでしょう? どこか痛むところはございませんか?」
 喉が渇き、体全体は何となく重かったが、痛む部分はない。そう答えようとして、何気なくアリエルを見たゴーティスは、急に胸を両手で締めつけられた気分に襲われた。彼女は彼に飲ませるための水を用意して待っていて、その姿が、彼が眠りに落ちる前に見たジェニーの姿に重なったのだ。彼女がゴーティスにとった行動に対する不可解さは怒りの感情を呼び覚まし、お互いに絡まりあって、ゴーティスの腹を不快に重くしていく。
「痛むところはない。――ジェニーはどうした?」
 ゴーティスが起き上がろうとすると、アリエルが慌ててそれを止め、答えた。
「ジェニー様はご無事でございます。今は別室で休まれておりますが――」
「無事なことは知っておる。どこにおるのだ? 即刻、連れてこい」
「王、ジェニー様はずっと他の方々の介抱をされ続け、相当お疲れのご様子で――」
「それが何だ? それが俺に対する何の言い訳になる? 俺が呼べと言うのだ、即刻、あやつをここへ連れてこい!」
「はい!」
 アリエルが膝を曲げてお辞儀をし、ゴーティスに背を向けた。興奮したせいで、ゴーティスの全身がさらに重く感じる。不愉快な感情が見えない重りとなって体にまとわりついていた。
「いや、待て」
 ゴーティスは寝台の上に起き上がり、去りかけたアリエルを止めた。彼女が振り返り、立ち上がろうとする彼を見て心配そうな表情に変わる。ゴーティスの体には安定した感がなかったが、床についた足はふらつかなかった。
「俺が直接に向かった方が早い。部屋に案内しろ」
「王、まだそのような無理をなさっては――」その助手の男の言葉は、ゴーティスが睨みつけると途中で消えた。
 ゴーティスが部屋を突っ切ってテーブルの上にあった剣を鞘から引き抜くと、二人はぎょっとして目を見開いた。そして、その驚きはすぐに恐怖に取って代わる。ゴーティスはその場に凍りついたように立ち尽くすアリエルに向かい、再び告げた。
「ジェニーの元へ案内しろ」
「……はい!」

 扉の外にいた近衛兵も、ジェニーの部屋の前にいた近衛兵も、ゴーティスが手に持つ剣に気づくと、一様に怯えと焦りの表情を見せた。近衛兵がよけた扉の前で、アリエルが扉の取っ手をつかもうと手を伸ばす。
「おまえはさがれ」
 先に部屋に入ろうとしていたアリエルを止め、ゴーティスは彼女に扉の前からどくようにと顎でしゃくった。だが彼女は移動せず、遠慮がちな態度で彼に言う。
「王、せめてジェニー様をお起こしするまでは、私にご一緒させては……いただけませんか?」
 ゴーティスは眉をひそめ、彼女を見た。彼の神経が高ぶっている様子に気づいた者は誰もが彼のやることに口を挟まないというのに、彼女は彼の行為を途中で阻もうとする。まるで、彼女の主人ジェニーのように。
 ジェニーへの新たな苛立ちが沸き起こり、ゴーティスは静かに剣先を上げた。
「さがれ」
 ゴーティスが剣の先をアリエルの首に突きつけると、彼女は口をつぐみ、沈んだ表情に変わった。
「俺がよいと言うまで部屋に誰も入れるな。よいな?」
 ゴーティスに睨まれた近衛兵は姿勢を正し、大きく返事をした。それを聞いてから、彼はジェニーの眠る部屋へと静かに入る。

 扉が閉まったとたん、ゴーティスは暗がりの中で何かが動く気配を感じ取った。
 部屋にはジェニーだけしかいないはずだ。
 そう知る彼は、裸足の足が床で音をたてないように注意しながら、警戒を強めて中央の寝台へと近づいていった。天蓋からのカーテンが開いており、寝台の横にまわったゴーティスに、その上で膝を抱えて座るジェニーの姿が見えた。膝を抱える腕には包帯が巻かれていて、もう片方の手は首の後ろに置かれている。そのジェニーの膝の上で、彼女の頭が前後に揺れているのがわかった。
 ゴーティスが動かずにいると、ほんの数秒後、ジェニーが顔を上げた。両手で顔を覆うような仕草をし、それから、不意に注意を引かれたようにゴーティスの方に振り向いた。目が腫れているようだったが、泣いていたわけではなさそうだ。そして、その顔は、今、起きたばかりのようではない。
 虚をつかれたように、ジェニーがその場で全ての動きを止めた。ゴーティスは彼女を視線でからめとり、目をそらさなかった。ジェニーも、おそらくは彼女の意思で、視線をそらそうとはしなかった。ゴーティスは、ジェニーがどういった行動をとるかを見極めようとした。二人はしばらく、微動だにしなかった。
 やがて、ジェニーの方が重苦しい沈黙に負け、喉の奥から搾り出したような声を漏らした。
「……助かったのね」
 泣くのを堪えたような顔つきだったが、それは決して、ゴーティスの無事を喜んでいる形相ではない。彼女はゴーティスから視線をそらし、もっと大きな息をついて天井の方を見上げた。
「生憎だったな」
 低い声でゴーティスがそう言うと、ジェニーは肩を揺らし、再び俯いた。
「――おまえのおかげで俺は命拾いをしたのであろう。俺は、おまえに礼を言うべきか?」
 すると、ジェニーが激しい怒りともいえる表情を彼に向け、何かを言おうと口を開いた。だが、彼女は肩で息をして口を何度も動かすばかりで、言葉は音となって外に出てこない。
 ゴーティスがついに彼女に近寄っていくと、ジェニーがはっとして寝台の上に立ち上がった。いつもの彼なら逃げようとする彼女に瞬時に飛びついて捕らえることもできただろうが、今のゴーティスにそんな反射神経はなかった。彼の伸ばした手から、ジェニーはやすやすと逃げ出した。
「無駄な抵抗はやめろ、ジェニー! この部屋から外には出られぬぞ!」
 怒鳴ると、ゴーティスの後頭部にきりきりとした痛みが走る。
「そうだとしても……そんな簡単に、殺されるわけにはいかないわ」
 ジェニーが視線を左側に寄せ、ゴーティスは自分の右手にある剣を見た。
「なるほど、おまえを殺すのはたしかに、そう簡単ではあるまい。だが、その前に――おまえに尋ねたいことがある。こちらへ来い、ジェニー!」
 ジェニーは部屋の奥で立ち止まり、左右のどちらに行こうかとゴーティスの出方をうかがっているようだった。
「何か知らないけど……訊きたいなら、今、そこで言ったらいいわ」
「は――何だと?」
 後頭部の痛みは、怒りの熱と入れ代わる。
 ゴーティスが右足に体重をかけると同時に、ジェニーが彼の左側に走りだした。ゴーティスの反応は遅れたが、部屋が狭かったことが彼に幸いした。必死に伸ばして飛びついた彼の手は、ジェニーのドレスの腰付近をやっとのことでつかみ取る。そして、体勢をくずした彼女とゴーティスはもつれるようにして床に転がった。

 ゴーティスは通常時よりも自分の体をうまく庇えず、ジェニーの服の一部を握った状態で脇腹を床で強打した。とはいえ、二人が転倒したのは厚い敷物の上で、直接に石の床に接触した場合の衝撃には及ばないだろう。ただ、ゴーティスを襲った痛みは思いがけず強く、痛みが鋭い痺れと変わって全身に拡散し、数秒間、彼は口がきけなかった。おそらく、内出血している。
 ゴーティスがぼんやりする頭を振り動かして右手を見ると、手の中には剣がまだ残っていて、刃の先は宙を向いていた。一緒に倒れたジェニーはというと、彼女は既に床に手をついて起き上がろうとしている。
「――逃すか!」
 右手の剣が空を切り、立とうとしているジェニーの服の裾に突き立てられた。彼女が短く叫び、後ろに引っぱられそうになって危うく、前のめりで膝をつく。体勢を何とか保ったジェニーが焦った顔で振り返った。ゴーティスの視線と彼女のそれとが激しく牽制し合う。
 ジェニーが再び立ち上がろうとし、彼女の服の裾を押さえる剣先が飛び跳ねて動いた。ゴーティスはそれを必死に押しとどめつつ、左肘を床について身を起こそうとしながら、彼女を見た。彼女が服の裾を無理に引っぱり出そうとしており、彼の剣先がいっそう大きく揺れる。ゴーティスはそれを取られまいと剣を押さえる手に力をこめたが、それからほんの一秒もしないうちにいきなり、剣から彼の手に伝わる振動がなくなった。
「ジェニー!」
 ゴーティスの隣から立ち上がった彼女は振り返りもせず、彼の剣先の下にはドレスの薄い生地の切れ端だけが残る。ゴーティスの口からはかすれた声しか出なくて、彼女を捕らえようとした手は空気を掴んだ。
「おのれ、小癪な……!」
 ジェニーは入口の方へと走っていっている。ゴーティスはすぐさま立ち上がり、床を蹴ってジェニーを追った。体と頭が分離し、体だけが床に取り残されたかのような不安定さだ。後頭部から首にかけて不快な痛みを感じていたが、構わず、彼は走った。

 やがて、歩幅と手の届く長さで彼女に勝るゴーティスは、彼女が逃げる方向を左に直角に変えたところで、彼女の手首を掴むことについに成功した。
「きゃっ……!」
 ジェニーの腕を力任せに引き寄せると、彼女の体は弧を描いて軽々と飛び、ゴーティスの胸にぶつかって止まった。
「放して!」
「おお、放してやろうぞ! 俺がおまえの首をはねた後でな!」
 ジェニーが口を結んで彼をにらみ返し、彼の手にある剣に視線をちらりと走らせた。
「俺の命を狙った者は誰であろうと、それがたとえ未遂に終わろうとも、全て死罪と決まっておる! おまえがそれを知らぬとは言わせぬぞ!」
「もちろん知ってるわ!」
 ジェニーが怒鳴り返し、なおもゴーティスを強い眼差しでにらみ返した。ゴーティスは彼女の手首をねじりあげ、近づいた彼女の顔面すれすれのところでその反抗的な瞳を見返した。彼女の手首に波打つ鼓動がゴーティス自身のものと思えるほどに、はっきりと感じられる。
 ――ところがほどなく、ジェニーの目からそれまでの眼力が消え、そうかと思うと、ジェニーの唇が微かに震え、その両目が涙でにじみ始めた。
「……ほほう? さすがのおまえも、死を目前にして怖くなったか?」
「違うわ、怖いんじゃない」
 ゴーティスはむっとし、ジェニーの瞳を覗きこんだ。彼女は反抗するかのように潤んだ瞳で彼をにらみ返したが、すぐに彼から瞳をそらした。
「ふん、口では何とでも言えよう? 今更、強情なおまえが俺に命乞いをするとも思えぬ。否、されたとしても、俺はそれをきく気はない。全てはもう遅い、ジェニー!」
 ゴーティスの言葉が終わらないうちに、堪えきれないというように、ジェニーの瞳から涙が流れ落ち、頬を伝っていった。そして、ジェニーの口から嗚咽に似た音が漏れる。
「もう、遅い――」
「何を今さら!」
 ゴーティスは苛立って怒鳴り、ジェニーの肩をぐいっと引き寄せて彼女の鼻先に口を近づけ、声を低くして言った。
「俺はおまえのように躊躇などせぬぞ? 俺自らの剣で裁かれることを最後の誉れとして、死にゆくがいい」
 だが、ジェニーは両手で必死にゴーティスの胸を押し、そこから逃れようと左右に身をよじる。
「悪あがきはよせ! 全ては、おまえがあの絶好の機会に無用な躊躇をし、俺を殺し損ねたが所以(ゆえん)だ! いさぎよく、腹を決めぬか!」
 ゴーティスから顔をそむけたジェニーの頬が涙で濡れて光っていた。ジェニーが肩で大きく息をし、なおもゴーティスの腕から逃れようともがく。ゴーティスはかっとして怒鳴った。
「今さら後悔したとて遅い!」
「ええ、遅いわよ! よくわかってるわ!」
 振り返って怒鳴ったジェニーの顔は、頬全体が涙で濡れていた。
「私がどんなに後悔しているか! あの時、あなたを剣で突かなかったことをどれほど後悔しているか……!」
「ならば、何ゆえにそうしなかった! おまえが俺を倒せる機会などそうそうないというに、あの絶好の機をおまえが自ら逃すなど――ましてや、俺を助けようなど! おまえに何らかの意図があるとしか思えぬ! 俺に恩でも売りたかったのか? それとも、俺の命を救うことで周囲を味方につけ、逃亡の手引きでもさせるつもりだったか! 何の意図があって俺に手をかけなかった!?」
 ジェニーは顔を左右に激しく振りながら答えた。
「意図なんかない! 私はただ、できなかったのよ!」
「は、よもや、俺の哀れな姿に同情したと言うのではあるまいな? それこそ笑止! あの時のおまえには殺気があった、俺はそれをよう知っておるぞ! おまえの待ち望んだ復讐の機会を逃してまで俺を斬らず、命を救ったことに、何の意図もないなどと――」
「私はできなかったの!」
 ジェニーが唇をゴーティスに近づけて叫び返し、その両目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あなたが私にしてきたことを思えば、あなたが王であろうが何であろうが、私は本当に刺すつもりだった! ひとおもいに殺したかった! だけど、できなかった! 私があなたに剣を向ける機会なんて、この先に二度とないかもしれないのに! 私はずっとあなたの命を狙ってきたのに……!」
「では、何ゆえ!」
 ゴーティスは彼女の胸ぐらをつかんで挑発するように揺さぶった。ジェニーは唇を激しく震わせて泣きながらも彼の視線から目をそらすことはなく、それが彼をますます腹立たせる。
 ジェニーが一際大きくしゃくりあげ、辛そうに息を大きく吐いた後に言った。
「……私は……私は、そこに苦しんで倒れている人を見て――それがあなたでも――抵抗できない状況につけこんで手をくだすような卑怯な真似は、私には……私は、どうしてもできなかったのよ!」
 後悔してもしきれない、とジェニーが涙と嗚咽で声を詰まらせた。
「それを――俺に信じろというのか!」
 見え透いた言い訳を、と彼女の震える肩を見ながら、ゴーティスには怒りと深い失望感が生まれてきていた。
 どこの誰が、憎き仇が目の前に倒れていながら、一度突きつけた剣を納めようとするのか。勝ち戦を自ら放棄しようなど、背後に何らかの策略がある以外に考えられない。もしそこに策略がないのなら、その者はただ、愚かなだけだ。 
 彼は、苦々しい思いで目の前の彼女を見つめた。不快な鈍痛がゴーティスの頭の半分ほどを蝕んでいる。
 彼女は、昨夜以来ずっと“本気で”泣いているらしい。この部屋でゴーティスが最初に見たときからジェニーの目は腫れてはいたが、その泣きようでは目の腫れはさらにひどくなりそうだ。
 ――急に、ゴーティスは、そこで泣いているのは彼女でなく自分なのだという不思議な錯覚に陥った。ゴーティスは、即位する直前に母親を断罪しなければならない状況に陥って、彼女を斬首刑にした夜、独りで部屋にこもって泣き明かしたことを不意に思い出した。彼と母親は良好な関係にあったとは言い難いが、それでも、胸がえぐられ、吐き気までもよおす苦い思い出だ。
 ここ数年間に一瞬でも、あの夜の事が頭をよぎったことは一度もないというのに。
 ゴーティスは無意識に手の力をゆるめたらしく、それによって体を支えられていたらしいジェニーの体が彼の足元に滑り落ちていった。だが、彼の手から自由になっても彼女は顔を手で押さえて泣くばかりで、床から立ち上がろうともしない。
 愚かな彼女は、昨夜からずっと、泣いている。

 ゴーティスが床にひざまずき、泣いているジェニーの顎をその手でとらえると、彼女の瞳に動揺が走った。
「おまえは――優れた兵士にはなれぬな」
 ゴーティスがそう呟くと、彼女が困惑したように見返した。
「……兵士になどならないわ」
 ゴーティスが小さく頷くと、彼女が怪訝そうに彼を見つめた。
「俺への復讐も無理だ」
 ジェニーはそれには答えず、ただ口惜しそうにゴーティスに泣き腫らした目を向ける。
「昨日のような機会は二度とない。俺への復讐はあきらめろ」
 ジェニーが何かを言おうとしたが、それより先にゴーティスの手が彼女の顎から頬に動き、彼女の体はびくりと震えた。
「その代わり――」ゴーティスが膝を少し寄せると、ジェニーが必死の形相で彼を見上げた。ゴーティスは彼女に顔を近づけ、その瞳を捕らえた。
「――その代わり、ジェニー、俺を愛するがいい」
 ジェニーの顔に混乱が広がり、ゴーティスはそれまでずっと右手に保持していた剣を床の上に置いた。
「俺を愛せ」
 ゴーティスが両手でジェニーの頬を挟むと、彼女が大きく瞳を見開いた。
「何を……言ってるの? 私はあなたを憎んでるのに、そんなこと――そんなこと、できるわけがないじゃない……?」
 ジェニーの瞳が揺れている。
「……憎しみを持てる者は愛情も深いという。俺を愛せ、ジェニー」
 ジェニーが、彼の言葉に弾かれたように叫んだ。
「嫌よ! そんなの、命令されることじゃない!」
 その返答で、ゴーティスは、彼女が彼女自身の正義を貫いたために彼を殺さなかったという彼女の一連の言葉が、全て真実だったのだと瞬時に悟った。愚かなほどに真っ向な人間がまだ存在していると知り、胸に押し迫ってきた熱い想いで、ゴーティスは胸が貫かれる。
「ゴーティス王、私は――」
「それでも、愛せ」 
 ゴーティスがジェニーの首に手をずらすと、殺されるとでも思ったのか、彼女が観念したように目を閉じた。その閉ざされた瞼の上にゴーティスが唇を押しつけると、唇ごしにジェニーの肌の熱が伝わってくる。この感触を失いたくない、と気づく。
 彼女の揺らすまつ毛が唇に触れる微かな感触があり、ゴーティスは、後頭部の頭痛が嘘のようにひいていくのを感じた。片手をジェニーの首の後ろに伸ばして抱き寄せると、彼女の身がゴーティスの腕の中で、固く縮んだ。
「俺は――おまえを愛せるように思う」 


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