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3.もつれる感情

2009.02.17  *Edit 

 冬の雪が雨に成り変り、地面を温かく濡らす。あじけない砂色の土が生気のある彩りに移っていく、次の季節。
 雨が降ったり止んだりの日々がしばらく続き、ようやく水色の空が広がった日の午後、二人の女が衛兵二人に付き添われ、後宮のサロンから中庭に降り立った。中庭も春の装いに整備されている途中だったが、女たちの目的地はそこではない。四人は中庭の小径を抜け、東館の端にある扉に消えていく。彼女たちは、テュデル離宮の図書室に向かっている。
 東館の控えの間である一室で、サンジェルマンは、眼下を歩く四人が中庭を横切っていく様を一部始終眺めていた。その中でも、期待を押し隠せないといった様子のジェニーは、見ていてもほほえましい。彼女に同行していく侍女アニーは、若干の迷惑そうな、不機嫌さをその表情にたたえていた。 
 ごく最近になって、何が甲を成したのかわからないが、王の情緒は安定しているようだ。サンジェルマンにも、さほど冷たい態度をとりはしない。ジェニーの元には通っていないらしいが、後宮にも数度、足を向けたと聞いた。
 女官長は城が平安を取り戻しつつある事に胸をなでおろす一方で、王が“気まぐれ”でジェニーの些細な望みを許可した、と嘆いていた。あまり頻繁でないのなら、衛兵を同行させればジェニーは自由に離宮に出入りできるのだと云う。
 しかし、王は気まぐれのように見えて、必ず、何かしらの意図や計算の基に物事を決めていく。
 サンジェルマンはそれを知っており、女官長とは違う意味で納得がいかなかった。
 一人の娘の“些細な願い事”だったのかもしれないが、王の許可した事は、決して“些細な”内容ではない。
 ジェニーへのこの特別な計らいは、おそらく、波紋を呼ぶ。

 ジェニーが最初に離宮の図書室に訪れてから約一週間、ジェニーが二度目の外出を果たすと女官長の口から聞き、ゴーティスはつい、失笑した。
 よほど、あの場が気に入ったらしい。
 一度目に彼女が図書室に行った際、彼女はゴーティスが当初疑っていた脱出の機会を窺う素振りすら見せず、夕方遅くまでの時間をそこに留まり、付き添った侍女を困惑させたという。女官長の口ぶりからすると、どうやら彼にジェニーの行為を止めさせるようにとの願いが込められているが、彼にはそんな気は起こらなかった。むしろ、ジェニーの興奮度合いが手に取るようにわかって、面白がっている。
「そのうちに、あの娘の知恵熱も冷めよう。そちらに目を向けている間は他に注意を向けまい。当分の間は放っておけ。だが、監視だけは怠るな」
 渋々と引き下がる女官長の隣には、サンジェルマンが微動だにせず、立っている。それを目にすると、ゴーティスの耳の奥深くに、サンジェルマンとジェニーの高らかな笑い声が反響した。彼女の笑い声を耳にしたことは一度もないのに、だ。
 注意をそらそうと見上げた窓の外には、今日も明るく晴れわたった水色の空がある。

 少々の湿気を含んだ空気は比較的冷たかったが爽やかで、その日の午後、ゴーティスはしばらくぶりに馬を繰り出し、城の敷地内を闊歩して周った。吸い込む風は、新しい緑と土の匂いがした。
 最初こそ、彼は庭園の小径に沿って歩いていただけだったが、彼の乗る馬も久しぶりの外出に興奮気味で走りたがっていた。ゴーティスが城の北方に何気なく目を向けると、彼の牝馬が、甘えたようにいななく。
 発作的に、ゴーティスは馬の腹を蹴った。馬が小さく鳴き、北を目指して駆け出していく。彼の後ろから、付き添いの兵たちが追ってくる蹄の音がした。風を受けた髪が顔を覆い、彼の前方の視界を隠してしまう。
 執務室でサンジェルマンの穏やかに微笑む顔を見なければ、自分の耳の底に不愉快な笑い声が甦ってこなかったのだ。
 ゴーティスは苛ついた。
 今もまた、二人の楽しそうな笑いが彼に追いすがるようにまとわりつく。彼はその声の二重奏を追いやろうと、頭を左右に揺らした。視界が開け、左右対称の形をした小さな白い小城が現れる。
 テュデル宮だ。
 その白い小城は王城から目と鼻の先にあり、普段は掃除をしに来る召使たちがいるぐらいで住人はいない。宴や茶会が開催される時だけ、離宮につめる衛兵や使用人たちの数がぐんと増える。
 ゴーティスは馬から降り、玄関の衛兵に敬礼された。運動の刺激とは別の何かが、ゴーティスの心臓の音を押し上げていく。
 居城の東館も人はまばらにしかいないが、テュデル宮内はそれ以上に閑散としていた。玄関を入って左右に伸びる廊下には人影がない。左の廊下の先からは女達らしき話し声が漏れてきていたが、彼女たちが突然の侵入者の気配に気づかなかったことからすると、ゴーティスたちの立つ玄関とは少し離れた場所にいるのだろう。
 宴を催す“右の広間”を通り過ぎると、廊下の突き当たり近くで退屈そうに欠伸をしている衛兵がゴーティスの目に入ってきた。男が待機する扉の向こうには、ジェニーのいる図書室がある。そう認識すると、さっきゴーティスの心臓の音を押し上げたのと同じ因子が、彼の喉元をわずかに締め付けた。
 天井の高い廊下には音がよく響くため、彼らの立てる物音に気づいて衛兵が振り返り、見ていて哀れなほどに慌てふためき始めた。その一つ手前の部屋からは中年の女が顔を出し、――ゴーティスが何度となく見た侍女の顔だ――不機嫌そうないかめしい表情が瞬時に驚愕に取って変わる。
 彼女は部屋から転がり出るように廊下に出て、王の来訪を知らせようと隣の部屋に走ろうとした。
「待て」
 扉をたたこうとしていた侍女の手が止まり、彼女が振り返った。怯えたように青ざめている。
「知らせずともよい」
 彼女が困惑したように扉と彼を交互に見た後、消え入りそうな声で、はい、と返事をした。

 自分と図書室を隔てる扉を押し開ける直前、ゴーティスは急にその場から逃げ出したい気持ちになった。体の中心部や頭では何の躊躇もないのに、末端の手足から力が萎え、それぞれに消えていこうとしている。
「愚かなことよ。何を恐れるというのだ?」
 彼は口の中でそう呟き、扉を肘で静かに押した。
 扉と面する壁には天井まで伸びる本棚があったが、L字形となった部屋の、彼の立ち位置からは奥の様子が見えない。ジェニーは部屋の奥の方にいるのだろう。物音はせず、室内には古びた油紙の匂いが充満している。
 ゴーティスは足音をたてぬように注意しながら、右に折れる地点までそっと歩いていった。入口扉から離れるにつれ、部屋の奥にある窓から差し込む光で床が明るくなっている。紙のこすれる微かな音がし、彼は曲がり角で足止めをくらった。直後、女の忍び笑いのような小さな息遣いが流れてきて、彼は息を飲む。
 彼が本棚の陰から奥の様子をそっと盗み見ると、視線の先で、ジェニーが本棚に背中を預け、両手に持った一冊の本に目を落としていた。楽しそうに書物の頁を指でめくり、唇の両端をさらに上にあげる。彼に対する時には決して見せない表情だ。冬の晴れ間に感じるような満ち足りた気持ちとは別に、焦燥感にも似た軋みが彼の胸を襲った。
 再び、彼女が幸せそうに微笑み、唇の間から軽い笑いがもれる。
 心臓が喉元まで移動してきたかのように、ゴーティスの顎のあたりで脈打った。頬に熱が流れこみ、耳が熱くなる。視線が彼女に固定され、離れられない。
 自分自身に動揺し、ゴーティスは息をつめた。目は勝手に彼女の顔の造作を観察し、彼女の指の動きを追ってしまう。行動の制御がきかない。
 不意に、幸福感と隣り合わせていた胸の軋みが、苦い痛みへと変わった。それは胸の中央で留まり、ゴーティスは思わず胸を手で押さえた。胸の興奮は高まる一方なのに、この不快な苦さは何だろう?
 ゴーティスは本棚の陰にそっと体を戻した。彼女の笑顔を邪魔したくないためだけに、彼は、息をひそめる。

 物音に気づき、ジェニーは書物から目をあげた。床を歩く音が近づいてきて、彼女の前に丸いシルエットが現れる。
「……どうしたの?」
 アニーの怒ったような、困ったような顔を目にして、ジェニーは尋ねた。
「ジェニー様、王に何か無礼な事をされたのではないでしょうね?」
「王?」ジェニーは開いていた頁をぱたんと閉じた。「どうして? 王なんて、ここしばらくは顔も見ていないのに」
「――見ていない、ですって?」
 アニーが憤慨するように言い、彼女を責めるかのように見返した。
「何をおっしゃっているのです、先ほどこちらにおいでになったではありませんか! つい今しがた、王が非常に張り詰めた面持ちでお帰りになるのをこの目で見ましたわ! 王の来訪が遠のいて以来、かれこれ数週間……せっかく王の気がお変わりになって、再び、しかもこんな場まで訪ねておいでだというのに……。私は、ジェニー様がまた何か仕出かした、いえ、失礼をはたらいたのではないかと、そりゃあ気が気ではありませんわ! ジェニー様、本当に何があったのです?」
 彼女の剣幕にジェニーはびっくりした。 
「そんな事を言われても、私は彼が来たことも知らないし……顔さえ、見ていないのよ?」
「では、私が嘘を申しあげているとでもおっしゃるのですか!」
「そうじゃなくて、私はただ――」
「ええ、ええ、わかりましたわ、それほどお疑いならば、どうぞ、外の衛兵にお確かめください! 私と全く同じ事を申しあげるはずですわ!」
 聞く耳を持たないアニーと今聞いた内容に、ジェニーは戸惑った。衛兵はアニーに詰問されて彼女と同様の発言をし、ジェニーをますます困惑させる。二人は見たというが、ジェニーは、本当に彼とは顔をあわせていない。

 その後二週間近く、王はやはりジェニーの前に姿を現さなかった。召使たちの噂で、王が後宮の他の女を訪ねていると知ったが、ジェニーにとっては取るに足らない事だ。アニーは王の寵愛が失われてしまったと言って度々嘆き、召使たちには再びジェニーを軽くあしらう態度が見えるようになってきた。
 その間に二回、地下に伸びる階段の横道を捜索してみたが、ケインが以前に言っていた通り、ジェニーはその度に突き当たりにぶつかるだけだった。ついでに地下のケインの元まで足を伸ばしてみたが、彼は城内の探索に励んでいるらしく、二度とも、地下牢は空っぽだった。ジェニーは、ケインの邪気の無い瞳をもう一度見てみたかった。しかし、ケインの方から彼女を訪ねて部屋に上がってくることは、結局のところ、今までに一度もなかった。

 季節が春に入ってから、屋外の風景は日毎に移り変わっていった。中庭は黄緑色に覆われ、空の色は毎日濃くなっていく。離宮への外出について、アニーが文句を言わなくなった。彼女曰く、王の来訪が途絶えた女が独りで後宮に残っているよりは、人の目に触れない場所にでもいた方がよいそうだ。ジェニーにその概念がよく理解できなかったが、彼女が迷惑そうな顔をしないだけ、ジェニーも気分的に助かっている。
 城の出入口の一角からテュデル宮までは黄土色の小道が続く。昼前の暖かな空の下、ジェニーは数度目の図書室訪問の為、アニーや衛兵たちと先を急いでいた。
 「これは、これは」
 突然、庭園の垣根の陰から馬上の一行が現れて、歩みを進めていたジェニーたちの前を塞いだ。男が三人だ。ジェニーが仰ぎ見た馬上の人物が口元を歪めて笑い、彼女を見下ろす。
「なんと、才女殿ではないか。これは、ご機嫌麗しゅう」
 ジェニーはアニーの手に乱暴に引っぱられ、彼女と共に脇によけた。衛兵が反対側によけ、いきなり出現した王に敬礼する。
「……顔を上げろ、ジェニー」
 俯いていたジェニーは顔を上げた。久しぶりに顔を会わせた王は、かなり元気そうだった。
「俺の顔を見忘れたのか?」
 それに、ずいぶんと上機嫌だ。
「おまえ、テュデル宮へ行くのであろう?」王が唇の端をきゅっと上げて皮肉そうに笑う。
「はい」
 ジェニーは隣のアニーからの強力な圧力を感じ、日頃から彼女に命令されるかのように言われ続けていたことを切り出そうと、彼を見た。
「……王、あの」
「何だ」
 アニーや女官長の脅迫じみた言葉を覚えていなければ、こんなこと、彼には言いたくない。
「あの……私に、離宮への出入りをお許しくださった事、心の底より感謝しております」
 口調に嫌悪がにじみ出てしまう前に、ジェニーは一気に言い放った。すると、馬上の王が目を広く見開いてジェニーを見つめ返した。その目から逃れるように彼女が頭を下げ、彼に感謝の意を示すと、頭上で笑いが起きる。
「おまえ――」ジェニーがはっとして思わず頭を上げてしまうと、王が鼻をこすりながら笑っていた。
「その言葉、誰からの入れ知恵だ? なんと似つかわしくない言葉づかい! おまえの口から、“感謝する”などと聞こうとは!」
 彼はそう言って、さらに笑った。常日頃に目にする嫌味な笑い方ではない。
 ふと気づくと、衛兵や王の背後にいる近衛たちがぽかんとした表情で王の笑顔を見つめている。ジェニーが王を見ると、彼がいつもよりは柔らかい眼差しで彼女を見返していた。
「されど、おまえからの感謝は貴重だ。おまえには不本意だろうが、受け取っておこう」
「は……ありがとうございます」
 自分の隣でアニーが肩で息をつくのが、ジェニーにもわかった。
「ジェニー」
 王に呼ばれて彼女が振り向くと、馬の背の上で彼が後方へ体を少しずらしていた。
「おまえは馬の扱いにも慣れておろう? 無論、乗れような?」 
「あ、はい」
「では、乗るがよい」
 静かな口調だったが、断りを受け入れない彼の意思が見え隠れしている。ジェニーの隣でアニーが、返事をして、と彼女をせっついた。
 勝手で気まぐれな彼は、いつでもわがままを通せると思っているのだ。彼と同じ馬に乗りたいわけがないのに。
 ジェニーは彼の一方的な物言いにむっとしたが、あくまでそれを抑えた。
「あの……はい。私は乗馬にも慣れていますが、でも、あいにく、私は独りでの騎乗経験しかないのです。私が不慣れなせいで王にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんから――私は、歩いていきます」
 彼女がそう返答すると、その場が凍りついた。王の意思をはねつける者など、ここにはいない。
 ジェニーが王を見上げると、周囲の者たちのうろたえぶりとは逆に、当の本人は意外に涼しい顔のままだった。
「そうか、経験がないとな」
 彼が可笑しそうに片方の眉を上げた。「よろしい。では、これを最初の経験とせよ。――衛兵!」
「は、ははっ!」
 ジェニーに同行してきた男がかすれた声で返事をした。
「ジェニーが馬に乗れるように手を貸せ」
 アニーの手がジェニーの背を押し出し、ジェニーは王の乗る馬の前に出された。王の命令を受けた衛兵が地面に膝をつき、彼女の足が掛けられるようにと両手を出している。
「来い、ジェニー」馬上から王が左手を差し出す。
 彼に手などとらせるものか、と、彼女が彼をにらみ返すと、彼は不敵に笑った。
 ジェニーがその場で動かないでいると、若い衛兵が懇願するように小声で訴えてきた。彼は今にも泣きそうな顔をしている。
「どうか、ジェニー様」
 それを見ると、ジェニーはそれ以上嫌だとは言えなくなってしまった。王の後ろに控える二人の男たちも、固唾をのんで彼女の動向を見守っている。
 ジェニーが仕方なく手をおずおずと伸ばすと、王が手首に近い部分を掴んだ。そして、衛兵に押し上げられることもほとんどなく、彼女の体は馬上の王の前に引っぱり上げられる。
 馬上で彼女が掴まる箇所を探していると、首の装飾部だ、と耳のすぐ後ろで声がした。反射的に少し後ろを振り返った彼女は、目前に王の顔が迫っていたことに慌て、すぐに前方に顔を戻す。彼が怖くはなかったが、心臓が早鐘を打ち出した。
 彼に言われたとおり、ジェニーが馬の首に付けられた装飾の突起部分を掴もうと前に移動すると、その分だけ王も体を移動させた。ジェニーの両腕の後ろから、王の手が馬の手綱に伸びる。
 背中越しにジェニーのものではない心臓の音が伝わってきて、段々と早くなっていくのがわかった。それがわかると、ジェニーにも緊張感が高まっていく。
 行くぞ、と声がして馬が動き出すと、ジェニーの腰に後ろから王の手がまわされた。


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