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3.もつれる感情

2009.02.15  *Edit 

 暗闇で暮らし続けて二年、男は自分の五感が以前よりずっと鋭くなっているのを実感していた。耳に入る小さな物音、かすかな臭いを敏感に感知し、視線はほんのちょっとの動きに反応して動く。だから彼は、衛兵が、彼の幽閉される牢よりもずっと階上にある木の扉を手で押す音でさえも、気づくようになっている。衛兵が三度も方向を変えて長い階段を降り、彼のいる牢に通じる通路の扉を開ける軌跡を、彼の耳はずっとたどることだってできる。どのあたりで立ち止まり、どの地点で気まぐれに剣を引き抜いているかまで。
 男のいる牢の前で常駐する看守はいない。日に一度、彼の食事を届けがてら様子を見に来る衛兵が一人いるだけだ。男は独房に一人で――隣の牢に仲間はいない。
 男はこの二年間、まったくの一人きりだった。

 通路の扉の鍵が開けられる。衛兵の手は落ち着いていて、機嫌がよさそうだ。たまに機嫌が悪いと、その彼はやたらに騒がしく音をたてるので、すぐにわかる。扉が内側に押された。

「メシの時間だぞ、五十二号!」
 衛兵は檻の下にある開口部から食事の盆を無造作に押し込み、部屋の奥で座りこんで動く様子のない彼を冷たく見つめた。衛兵は彼の正体も知らなければ、何の罪を犯したのかも知らないはずだ。ただ、誰とも面会させず、絶対に逃がすなという命令を受けているだけだろう。
 半年前に前任の衛兵と交代してから、彼と男は一度しか顔をあわせたことがない。ここ半年間の毎日、牢内の彼はぐったりとして粗末な寝台に寝ているか、床に手足を投げ出して座っているかのどちらかだ。
 彼に変わった様子がないのをみとめた衛兵は、くるりと踵をかえした。鍵を手に通路の方へと去っていく。
 通路の扉が再び鍵をかけられ、衛兵が階段をのぼっていく音を聞いた男は、やっと顔をあげた。男の顔からは虚ろな表情が消え、瞳に光が宿っていた。
「――五十二号だって? 人を番号で呼ぶとは! 私にはケインという名があるというのに!」
 彼は衛兵の置いていった簡素な食事に手を伸ばし、臭いをかぐ。そして、固いパンを一口かじって舌の上で欠片を転がし、妙な刺激を感じないか、よく確かめた。
 彼は、牢に閉じ込められた当初数ヶ月を毒殺されるかもしれないと怯えて過ごし、今となってはそんな危険もなさそうだと何となく感じていた。だが、そうやって送った日々の癖が、今では彼の日常としてしっかり身についてしまっている。
 衛兵が地上に到着するまでの間に、彼は与えられた食事全てを食べ終えてしまった。水も飲み干した。当初は口や腹に馴染まなかった飲食物に、彼の体はすっかり慣れていた。
 彼は、ここを住まいとする以前は体が弱く、よく体調をくずして母親を心配させたものだ。それが今となっては、当時とは比べものにならないくらいに生活環境が劣悪なくせに、腹痛さえおこさない。彼はいたって健康だ。彼をこの状況下に陥れた者の予想を裏切り、彼は病気にもかからず、衰弱死もせず、二年をも生きながらえている。

 朝食から半日以上が経ち、世の中が就寝する頃だと判断したケインはおもむろに立ち上がった。一日を通して変わらない暗闇に過ごす彼だが、時間の経過は腹の空き具合でわかる。城が寝静まる夜は、彼の活動時間の始まりだ。
 彼は約三ヶ月前に自然劣化で壊れてしまった檻の扉を外し、体を抜け出させてから、それを注意深く元の状態に戻した。彼が牢内にいればそれで安心している衛兵は、檻が今でも使いものになるかどうかなど、わざわざ確認しようとはしない。
 この地下牢のある空間には城内をめぐる抜け道に通じる出入口があり、思いがけず、彼はあちこちへと探検をしてきていた。この三ヶ月間で、彼の行動範囲は牢の外に広がった。しかし今まで、彼が歩いた抜け道がどこかの入口に通じたことはない。
 地上の住人である時は、その出入口の存在は知っていても各入口の到達地点までは知らず、抜け道が途中で塞がる度にそれを知っておけばよかったと彼は後悔したものだ。それでも、悲惨な境遇からの逃亡の可能性が残っていることで、ケインの将来への希望の火は消えることはない。
 今夜もまた、彼は抜け道への隠し扉に入って行く。一昨日の夜に探検していた際、彼がのぼる階段上方の隙間から光が差し込んでいる箇所があった。光はかなり弱かったが、抜け道自体がかなり暗いために、彼の目でもすぐにそれに気づいた。その光の出所をちゃんと探りたかったが、彼の五感がそこに人の気はいを感知し、一昨日はすんでのところであきらめていた。
「左、左、右」
 細く急な階段をのぼり、分岐点にぶつかるごとに、彼は自分が覚えていた通りに道をとった。
「右……」
 最後の階段の手前に来て、ケインは上にのびる細い階段を見上げた。突き当たりらしい地点に、ほのかな黄色い筋が見える。
 ――押し上げ扉だ!
 彼はぞくぞくとする興奮を背筋に感じ、階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。
 探検し始めて三ヶ月、やっとどこかに出られる扉がある!
 入り組んだ抜け道をたどって行き止まりに何度もあたり、何度も落胆のため息をついた数ヶ月を振り返り、彼は期待し過ぎないようにと自分を戒めながら、光線を放つ部分まで一気に駆け上がった。

 階段を登りきったところに、正方形の木製扉があった。近くで見ると、その中央には黒い鉄製の細い取っ手がついている。
 それが正真正銘の扉なのだとわかった時、紆余曲折を経てやっとのことで出会った出口に感動し、彼は少しの間、その取っ手に手を伸ばせなかった。なんといっても、二年ぶりの地上だ。二年ぶりの、暗闇でない世界。
 瞳が乾いて瞬きをしたかったが、扉が幻と化してしまうことを恐れて目がつぶれない。ケインは胸を震わせ、こわごわと深呼吸をした。息を吐いた後でも、扉は変わらず、そこにあった。彼はまた、深く息を吸った。
「落ち着け、ケイン!」
 自分の高鳴る鼓動に言い聞かせ、そうして、ついに黒い鉄の棒をつかむ。
 開いてくれ! 
 彼は心に強くそう願いながら手に力をこめた。ギギッと木と石がこすれる不快な音がして、扉がずれて動きだした。扉は何年も開閉されたことがなかったらしく、周囲の石床に引っ掛かっているような反発があった。ケインは左手を扉板に添えると、両手の力をつかってそれを何とか押し上げようとした。扉が石とすれて小さく軋んでいたが、扉の向こうからは、何の音も聞こえてきていない。
 ガツンと何かにぶつかるような衝撃音とともに、ケインの闇の視界に光が差し入ってきた。あまりにも扉が大きな音を発してしまったことに焦り、彼はあわてて扉を床面ぎりぎりの高さにまで引き下げた。だが、彼のとぎすまされた耳には、何の物音も入ってこなかった。
 それまで止めていた息を少しずつはき、彼は石の床と扉の隙間から、明るい外の世界を注意深く見た。扉の上に何かが掛けられているらしく、茶色っぽい毛束の布がだらりと彼の方へ垂れてくる。扉から見た一方向の先には濃茶色の家具の脚があり、もう一方向には桃色に似たカーテンのような布が床面すれすれに伸びているのが見えた。残った最後の方向を見てみると、石の床が続き、右奥の方が黄色く明るくなっている。暖炉だろう。
 だが、暖炉の火は明々と灯っているわけではなさそうだ。室内は、ケインが思っていたよりもずいぶんと薄暗い。暗闇に馴れていた彼の目には、消灯後の明かりでさえもまぶしすぎるのだ。
 彼は一度、扉をそっとおろした。気持ちを落ち着けて考える時間が必要だった。
 ここは誰かの居室だ、城内のどこに出たんだろう? 
 手に握ったままの鉄の取っ手を何気なく見た。息をひそめて耳をすましてみると、暖炉でくすぶっている木々がたてる、ほんの小さな音がした。その他の音はやはり、聞こえてこない。 彼はついさっき目にした家具の特徴を思い出して場所の特定を試みたが、さっぱり見当がつかない。
 あの桃色のカーテンはたぶん、寝台だ。誰かが寝ているかもしれない。 
 彼は右手を伸ばし、扉にもう一度手をかけた。ケインは力の加減をしながら、慎重にそれを十センチくらい押し上げてみる。今度は、扉は微かな摩擦音しかたてなかった。
 少し迷ったが、彼は自分の聴覚を信じて扉を大きく押し開けた。扉の上にあった布が、押し上げられた扉の傾斜にしたがって、扉の背後にずるずるとずり落ちていった。扉を肩で押さえ、階下の階段から地上の石床へと自分の身を素早く移動させると、音をたてないようにそっと扉板を閉じる。そして、しゃがんだ体勢で薄暗い室内を見回し、扉の近くにある寝台にもいち早く視線を投げた。
 寝台には天蓋がついていて、分厚いカーテンが彼の視界をはばんでいる。自分が誰にも見つからなかったのを確認し、彼はほっと息をついた。
 汚い灰色の石壁しか目に入らない地下と違って部屋は色で溢れ、かび臭くて陰湿な牢の空気と違って室内に流れる空気は暖かく乾いている。色彩が目に刺激を与え、地上の空気が肌に浸透するのを感じ、ケインは地上に出られた実感を身に染みて感じた。
 彼がたどり着いた部屋はそれほど豪華で華美な居室ではないが、室内の内装や装飾品から、居室の住人が女であることを彼はすぐに見抜いた。しかし、城内で個室に住める立場の女性が極めて少ないのを知るケインは首を捻った。
 モンペール女官長の部屋ではなさそうだ。それに、王がこの二年の間に結婚されていたとしても、ここが王妃の部屋というには、少し地味すぎる。
 自分が王城内のどこかにある地下牢にいることには、彼には絶対の自信がある。王の腹心サンジェルマンは、彼を王城の敷地外には出しはしなかった。
 彼が、天蓋の下で眠るだろう女を想像してカーテンに視線を走らせると、その彼の耳にくぐもった息のような声が届いた。彼は緊張で体を強張らせ、咄嗟に地下への扉に手をかけた。彼が全神経を集中させる耳に、寝台の上で寝返りをうっているような衣擦れの音が飛び込んでくる。彼は迷わず扉を開き、扉の上からずれていた敷物も引っ張って扉とともに掴み、階下に体を沈めた。
 扉をきっちりと閉めたケインは、数秒そこに留まって地上の気配をうかがっていた。今までと違う物音は聞こえない。階上の女が起き出したような気はいもしなかった。
 彼はもう一度だけ地上に戻りたい衝動にかられたが、それを冒すことの危険性を思って、ぐっと我慢した。地上にたどり着いたという事実だけで、今は満足する方が賢明だ。
 取っ手から手を離し、ケインは無理に扉から視線を外した。ほのかに明るい室内に馴れた目に抜け道の階段は真っ黒に映る。だが、それもすぐに普段の視界に戻った。彼は急な階段を踏み外さないように気をつけながら、自分のいる空間へと重い足取りで戻っていった。

 夕方から雪が降り、城内全体の温度が低くなっていた。夜中を過ぎた通路は吐く息が真っ白になるほどに冷えきってしまっていて、ジェニーはその夜の城内探索を断念した。それに、連日の探索で疲れていた彼女の体は、休養も必要としていた。寝床につくなり、彼女はあっという間に眠りに落ちてしまった。
 暖炉の火が弱まりつつあり、部屋の気温が下がってきていた。寝返りを打ったジェニーの首に冷ややかな空気が触れ、彼女はふっと目を覚ました。
 「……寒い」
 彼女は、腹の方へとめくれてしまっていた毛布を上の方に引っ張りあげた。手に触れた毛布も、室温同様に冷えている。
 顔にまで毛布をあげ、体をその中で丸めたジェニーは、部屋の奥深くのどこかから風が吹き込んでくるような物音を聞いた。隙間風が入ってくるような、空気がそよぐ小さな音。室内に漂う空気には、ほのかな土の匂い。
 耳に入った音をあえて気にしないことにして、再び心地よい眠りにつこうとジェニーは静かに両目を閉じた。冷えた室内になど、暖かな毛布から抜け出たくはなかった。脚は温かく保たれているし、肩も温められてきた。毛布をさらに体に密着させ、ジェニーは無理やりに目を閉じ続けようとする。そのうちに頭も眠くなってくるはずだ。彼女はしばらく、訪れてくるだろう眠気を辛抱強く待っていた。
 ところが、数時間の熟睡をとった後のジェニーの脳はしっかりと覚醒していて、次の眠気が襲ってこない。ちっとも寝られなかった。それに、目を閉じて視界がなくなってみると、耳に入る微かな風音だけがやけに彼女の意識に鋭く残る。
 急に、暖炉の炭がくすぶってはじける音が耳について、さっきよりもはっきりとした風の音が耳に入ってきた。それを機に、ジェニーは眠りにつこうとするのを、仕方なく、あきらめることにした。
 寝台から降り立ち、彼女はショールを肩に巻いた。吐く息が白く変わるほどではないが、頬に触れる空気は冷たく、室温の低さが身に染みる。寝台をまわりこんで、彼女は、ほんのりと明るい室内を暖炉の明かりに向かって歩いた。
 暖炉の薪の燃えさしに息を吹きかけ、暖炉の炎の勢いを強める。火の側は暖かく、彼女がおこした炎が大きくなっていくにつれ、部屋が明るくなっていった。黄色い炎に顔を明るく照らされながら、ジェニーはしばらくその場で暖をとっていた。冷たかった耳に体温が戻り、火にかざす手のひらがじんわりと温かくなっていく。頬が心地よい。
 ぼんやりと火を見つめていたジェニーの耳に、またもや風のような音が聞こえてきた。冬が来て雪が降るようになってからは閉めっぱなしになっている窓が、何かのはずみで開いてしまったのか、それとも、召使が部屋を出るときに扉をきっちり閉めていかなかったのかもしれない。室内の寒さはそのせいかもしれない。ジェニーはショールの中に手を入れ、暖炉の前で立ち上がった。
 音源を探して、窓のある壁面に目をやり、暖炉に背を向ける。ところが、空気を切るような音は、窓とは反対側である彼女の左側から聞こえてきた。ジェニーは怪訝に思い、視線を左側に移して、はっとした。
 寝台脇の床面に敷かれていた毛皮の敷物が、斜めに曲がっている。
 彼女も召使もそれには触っていない。彼女が就寝する前にはその敷物はいつもと同じ場所に、寝台脇の家具と平行に敷かれていた。
 まさか、ゴーティス王が来て……?
 だが、彼女はその考えを即座に否定した。彼女の眠っている間に部屋に来て、彼女を起こさずに密かに帰るなど、あの男がするわけがない。けれど、彼以外の人為的な匂いを感じる。
 ジェニーは誰もいない部屋を、違和感を求めて注意深く見渡した。
 明るくなった暖炉の明かりに照らされ、寝台脇の床にある敷物の下から黒い三角形の何かが顔を出していた。ジェニーは思わず息をのみ、そこに駆け寄った。近くで見る黒い物体は木の板のようだ。床にしゃがみこんで厚い毛皮の敷物をめくると、一辺が手の長さほどある正方形の木製扉が姿を現した。その黒い扉の中央には浅い持ち手が一つついている。彼女は、唖然とした。
 秘密の扉!
 自分が抜け道を探して後宮内のあちこちを何日も探ってきた事を思うと、あまりにもあっけない。自室に対してあまり関心を向けなかったことを思い、ジェニーは自分が滑稽に思えて笑えてきた。
 まさか、こんな身近にあるなんて!
 しかし、彼女はもう一つの事柄にも気づいた。敷物がずれていたのは、誰かが自分の部屋にここから入ろうとして、この扉が開けられたからだ。さっきから聞こえる風の音も、この下から吹き上げてくる空気の音だ。昨日も一昨日も、こんな風の音は聞こえなかった。
 もしかしたら今までにもその“人”はここにやって来ていたのかもしれないが、その侵入者は、ジェニーが住むようになってから、この部屋に入ったのは初めてだと彼女には思えていた。侵入者は、一度は扉を開けたものの、予期せぬジェニーの存在に気がついて扉の奥に戻っていってしまったのに違いない。
 ジェニーは寝室を抜け、続く隣室へ行った。そこには彼女の服が揃えられている。その戸棚の中からなるべく簡単に着られる服を取り出し、彼女は薄い寝間着を脱いで急いでそれに着替えた。そして、明かりを持って寝室に走って戻った。
 自分の部屋に侵入してきたその人に、危害を与えられるとは思わなかった。なぜだか、その人物が自分と同じように外の世界への出口を求めて彷徨っているのだと、彼女には思えてならなかった。だとしたら、その者は自分と同類だ。
 だとしたら……会ってみたい。


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