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7.王の帰郷

2010.05.09  *Edit 

 元気だよ、と笑ったケインがジェニーの正面に立つ前に、もう一人の闖入者の声が部屋に轟いた。
「五十二号!」
 ライアンとローレンの間に突如現れたサンジェルマンは、既に剣を抜いていた。
「だめよ、サンジェルマン!」
 ジェニーの制止など全くものともせず、サンジェルマンは剣を構え、足を踏み出す。
「だめ! ライアン様、彼を止めて!」
 ライアンはジェニーの声に反応したが、彼を止めようとはしない。
「なんだよ、どういうこと? 皆、こいつと知り合い?」
 ローレンにサンジェルマンが言い放った。
「こいつは逃亡犯だ。怪我を負いたくなければ、どいていろ!」
 ジェニーに背を向けていたケインが、腰につけていた剣を軽々と抜いた。ジェニーが過去に数度目にしたときとは違い、彼の身構えが様になっている。彼の携帯する剣は、もう飾りではなくなっているのだ。
「ジェニー、危ないからどいていて」
 ジェニーはケインの放った言葉に耳を疑った。彼は、剣を含めた暴力行為全般を嫌っていたはずだ。
「これは……剣の腕を上げられたか」
 サンジェルマンが言うと、ケインが笑顔になった。
「そうかな? 妻に少し教えてもらったぐらいだけど」
「ケイン、サンジェルマンも、こんなところでやめて!」
「サンジェルマン、剣を降ろしてくれないかな。私は同胞とやり合うのは好まないんだ」
 ケインが間合いを詰めると、サンジェルマンがいっそう声をひそめて答えた。
「同胞――であったのは、遠い昔のこと」
 まさに一触即発だ。
 ジェニーが二人を止めようと少しでも動けば、それがきっかけとなって死の決闘が始まってしまう。ライアンに二人を止めようとする意思はなく、ローレンは急展開に戸惑い、間に入るという考えすら忘れているようだ。
 ジェニー側に向けられたサンジェルマンの顔には、普段の柔和さの欠片も見えない。怒り狂ったときのゴーティス王以上に恐ろしい迫力だ。ケインの隙を狙って集中している彼の全身に、冷たい炎が揺らめいているように見える。
 間違いなく、彼はケインを殺す気でいる。そして、ケインはそれを受ける覚悟だ。どうすれば、二人の争いを穏便に止められる?

 そのときのことだ。
「うるせーぞ!」
 爆音が天井から降ってきた――いや、姿はないが、部屋を揺らす勢いの男の大声だ。
 地響きのような声に、剣を突き合わせようとしていた二人の緊張の糸が切れたようだ。
 続いて、
「睡眠妨害だ、眠れやしない! 決闘したけりゃ、外でやってこい!」
 度肝を抜くような大声の持ち主は、隣室で鼾をかいていたはずのアドレーだ。
 彼の大きな足音を廊下に感じ、ジェニーはほっとした。ほどなく、彼が戸口にその巨体を現す。
「よう、サンジェルマン様! あんた、俺が庶民だからって、睡眠を邪魔しても構わないと思ってないか?」
 サンジェルマンは面くらい、振りかざしていた剣を降ろした。
「いや、そうではない」
 アドレーは室内に入り、初めて会うケインににこりと笑った。
「よう、新入り。俺はアドレーだ。あんたも俺たちに合流するつもりなら、くだらん仲間割れで夜中に騒ぐな。俺は、睡眠の邪魔をされるのがいちばん嫌いなんだ。わかるよな?」
 アドレーはあくまでにこやかだったが、瞳の奥で凄んでいる。それでなくても、壁のような巨体に迫られ、ケインはすっかり萎縮したようだ。彼もサンジェルマンと同様、剣を下げた。
「悪かった。騒ぐつもりはなかったんだ」
「ああ、いいさ。今後気をつけてくれりゃあな」
「今後って……私は別に一緒に行くつもりでは――」
 満足そうに笑って、引き上げかけたアドレーが、足を止めた。
「あんた、何か情報を持ってるんだろ? ここにいる奴らとも古い知り合いじゃなかったか? ……だったら当然、一緒に行くよなあ?」
 アドレーはケインに向けて言っていたが、それは室内にいる全員に突きつけた言葉でもある。


  *  *


 まだ日が高いうちに、カイルとその一行はある城に入った。カイルは城の玄関ではなく、どこかの裏口から屋内に入ったようだ。ゴーティスが国境を越えたと知ってから、二日目のことだ。
 ゴーティスは城内を注意深く観察し、自分のたどる道筋全てを覚えようとした。だが、なんと殺風景で、全てが無機質なのだろう。屋内は一様に暗く、灰色の石でできた壁面はどこまでも飾り気がなくて、頑丈そうな木扉が延々と続く。
 城内で働く人々の生気はどこにも感じられず、城自体が死んでいるように静かだ。出会う衛兵たちでさえ、死人の仮面でもかぶっているように、誰の表情も喜怒哀楽を映さない。個性のない城内の様子に、ゴーティスは異世界にでも迷い込んだように感じた。
 それから、ゴーティスがカイルに最初に連行されたのは、地下に備えられた浴場だ。設備はヴィレールの王城とほぼ変わらない。体を洗うために使用する”泡立ち草”も同じ種類だ。
 やはり無表情な女たちが数人がかりでゴーティスの体を洗ったが、彼女たちは大陸で広く共用語となっているユーロ語が話せないらしく、やり取りの際には、その場に立ち会ったカイルが逐一通訳した。女たちの話す言葉は、ゴーティスが聞いたこともない言葉だった。
 ゴーティスは裸体を大勢の前にさらすことにあまり抵抗はないが、カイルの視線だけは妙に気に掛かった。城の衛兵など男たちはほかにもいたのだが、カイルは、ねっとりとからむような目でゴーティスの全身を見つめる。彼は通訳する以外にほとんど口をきかなかったが、ゴーティスが浴槽の縁に腰掛けたときに一言だけ、「いい体だな」と感心したように言った。そしてその後、彼は浴場をあとにするまで、ゴーティスに近寄りはしなかった。

 ゴーティスが次に連れて行かれた場所は、城の上部にある一室だ。部屋の奥に向かうにつれて幅が狭くなる、台形の部屋だ。壁は白に近い灰色で、天井にほど近い部分には青の幾何学模様が二重の線となって走り、部屋を一周している。
 入口の正面には小さな明り取りの窓がある。ちょうどゴーティスの顔の高さだ。だが、小さいとはいえ、眩しすぎるほどの光がそこから室内に溢れだしている。そして、窓の外には、深緑色の山と青々とした水面が額縁の中に納まる絵のように鮮明に見える。水面の穏やかさから考えれば、それは川ではなく湖だろう。
 開いている窓から入る風はあまりに清々しく健全で、ゴーティスを誘拐した何者かの邪悪さとは正反対だ。空気の冷ややかさにも、心を洗われる。
 この居城の主人はこんな新鮮な空気を毎日吸って過ごしながら、どうして一国の王の誘拐など考えついたのだろう? 性根が腐っていてもおかしくない。
 ゴーティスが入口の前に立つカイルに振り返ると、彼は再びあの熱い視線をゴーティスの体に注いでいた。ゴーティスはなるべくさりげなく、開いた襟を寄せて胸を隠す。
「ジェニーはどうした?」
 ジェニーの名をつむぐだけで心が痛むが、ゴーティスは訊かずにはいられない。
 カイルが、またか、と呆れて笑った。
「あんた、二言めにはその名だな」
「ジェニーはどこにおる?」
 ゴーティスの質問にカイルは不機嫌そうに毒づいた。
「心配しなくたって、あの女なら今頃は飯でも食ってるさ」
「信用できぬ。ここがおまえたちの目的地なら、ジェニーはおまえたちにとってもう用無しだ。俺はこの目であの女の顔を見て、無事かどうかを直接確かめたい」
 カイルが大きく肩で息をした。
「あんたも案外しつこいな。もう、女なんかどうだっていいじゃないか。女は金がかかるし、役立たずのくせに文句ばかり言うし……」
 この男は女嫌いだ。旅の道中、そして現在も、ジェニーが敬意をもって扱われているとは到底思えない。
 ゴーティスの目と合ったカイルが、やや動揺したように両手を上げた。
「わかった、いいだろう。レオポルド様に許しを得て、あとで女に会わせてやる」
 カイルが主人の名を明かしたのはこれが最初だ。だが、それが誰なのか、ゴーティスには一人の心当たりも思い浮かばない。
「それで……俺を強制的にここに招待したおまえの主人レオポルドに、俺はいつ会える?」
 ゴーティスが笑うと、逆にカイルの顔が不快そうにくもった。
「レオポルド様はあんたを晩餐に招くつもりでいる。今夜には会えるさ。豪勢なもてなしを受けるはずだ」
「ほう、嬉しいね。俺を殺す前に最後にもてなしてくれるわけか」
 主人に心酔しているらしいカイルは、ゴーティスの言葉に顔を強張らせた。
「レオポルド様にあんたを殺す気はない。我が主人に認められ、晩餐の席につけることはこの上ない名誉なことなんだ。この部屋だって、美しいゴーティス王には美しい景色のある部屋が似合うとおっしゃって、レオポルド様が特別に用意されたんだ。あんたは……何も分かっちゃいない」
 それはどうも、とゴーティスが口先だけで感謝を述べると、カイルはますます憤慨した。
「だがわからぬ。俺の命が狙いでないのなら、おまえの主人の目的はいったい何だ?」
 ゴーティスが顔をしかめると、それまで雄弁に語っていたカイルの口が止まった。腹痛でも堪えるように腹に手を当て、口惜しまぎれともとれる口調で、ゴーティスに答える。
「今に分かるさ」


  *  *


 狭い一室に、大男アドレーを含めた大の大人が六人も揃うと、熱気がこもる。ケインのもたらす情報を聞き逃すまいと、ローレン以外は身を乗り出している。
「カイルの向かった先はマキシム王国だ」
 誰かが、ごくりと喉を鳴らした。
 でも、それは誰もが予想していた場所だ。何ら、新しい情報ではない。
 ケインは反応をうかがうように皆を見回すと、話を進めた。
「彼はマキシム王レオポルドの忠実な部下だ。彼はマキシム王の収集品を各地から調達する役目を担っているんだ。でも、“収集品”とはいっても、マキシム王が集めるのは、物じゃなくて人だ。王の審美眼にかなう、見目麗しい男。王は……ゴーティス王は、今回、その対象となって誘拐されたんだ」
 ケインはひときわ気遣うように、ジェニーを見やる。
 一瞬の静寂のあと、奇声を発したのはアドレーだ。
「げーっ、人を何だと思ってやがる! そりゃあ、あの王さまはたしかに綺麗な顔つきだがな、手元に置きたいから連れてくなんて、身勝手にもほどがあるってもんだろ!」
「マキシム王は変わり者という噂なんだ」
 アドレーは乱れた髪を両手でかきむしり、うちの娼館のばーさんでもやらなかったのに、と叫ぶ。
「ジェニー、大丈夫?」
 ケインがジェニーの顔をのぞきこんだ。だが、ケインはジェニーを心配するというより、反応を観察している様子だ。
 ジェニーがケインに微笑むと、対面にいたサンジェルマンが事務的に尋ねた。
「それは信頼できる情報でしょうね?」
 敵意や反発は浮かばなかったが、落胆したような表情がケインの顔を支配した。
「当たり前だよ。それは妻の情報だ。妻は過去の一時期、彼らの仕事仲間だったことがあるんだ」
 サンジェルマンが不審そうにライアンと顔を見合わせた。
「彼女が今も仲間でないという証拠は?」
「それは……ないけど」
 ケインが口をすぼめると、サンジェルマンが彼に詰め寄った。
「では、その彼女をこの場に連れてきてもらいましょうか。彼女を直接見て、事の真偽を判断させていただきたい」
「それは無理だよ。彼女の身に危険が及ぶかもしれないから、既に彼女には安全な場所に移ってもらったんだ」
 ライアンが眉間に皺を寄せて首をひねる。
「もし女が今も奴らの仲間なら、我々のことを仲間に知らせに走ったかもしれぬな。それとも、仲間を見捨てて先に逃げたか……」
 ライアンの意見にサンジェルマンが同意すると、ケインが反発した。
「彼女はそんな人間じゃない! 彼女は時間があれば庭いじりをしているような、おとなしくて真面目な女性だ。彼女は本当に寛大で、親切で……きみたちは奴らの仲間だと疑うけどね、私はこの三年間彼女と一緒にいたけど、彼女が三日と自宅を留守にしたことはなかったよ。
 ジェニーが王の救出に向かったと聞いて、私に協力するように勧めてくれたのは彼女なんだ。ジェニーを絶対助けなきゃだめだって、私を説得したんだよ。
 カイルの手下には、ヴィレールの王城でかつて牢番をしていた男がいるみたいなんだ。カイルに、王にとって都合の悪い五十二号の存在を教えたのはその男だ。五十二号は、王を誘き寄せる格好の材料となったはずだよ。特に、ジェニーを拉致だなんて言えば――前例のある彼なら、それもやりかねないと思われるだろうからね。
 私の誤解を解くために、ジェニーを手助けするために、妻は昔の仲間を裏切るような形で情報提供をしてくれたんだ。私が王救出に協力するなんて信用ならないんだろうけど、でも、この情報は本物だよ」
 サンジェルマンやライアンの緊張はほぐれなかった。二人は、ケインの思い入れが色濃く入った説明に説得されたようには見えない。彼らはまだ真偽を決めかねているのだ。
 けれどもジェニーは、この場に及んで、ケインがわざわざ嘘を並べたてたとは思えなかった。少なくとも、これで、ジェニーたちが目指す目的地が決まったと考えていい。あとは、一刻も早く、現地に着くことを目指すべきだ。
「マキシム王の城へ向かえばいいのね」
 ジェニーが漏らすと、アドレーが鼻を指でこすりあげながら、笑って同意した。


 宿は、寝返りの音さえはばかられるほどに、ひっそりと静まりかえっていた。ジェニーの眠る部屋には三人の男がいるはずだが、呼吸すらしていないかのように静かだ。隣室のアドレーの鼾もいつのまにか治まっている。
 でも、その静寂とは正反対に、ジェニーの心中は騒がしい。王城を出立した際とはまた違った緊張感と興奮だ。明日からは、ジェニーの歩む一足ごとに、王に確実に近づいていく旅となる。今までの、王の捜索が目的だった旅は王の救出へと姿を変えるのだ。
 はやる心に急かされるように、ジェニーは暗闇の中で身を起こした。脇に置いていた剣を取り、兄を起こさないようにそっと床に降り立つ。
「ねえ」
 闇に溶けるような囁き声がジェニーの足を止めた。
「外に行くなら一緒に行くよ」
 ジェニーの先で、ケインが目を開く。彼はジェニーの返事を待たずに、寝台から転げ落ちるようにして床に降りた。
「起きてたの?」
「まあね。サンジェルマンにいつ襲われるかと思うと、なかなか寝付けないよ」
 ケインも剣を取り、ジェニーの横に並ぶ。以前と比べても彼の肩の高さは同じなのに、痩せて華奢だった体に厚みが加わっている。その変化がジェニーに時の経過を感じさせる。
 ケインが扉をゆっくりと開いていたときだ。低い男の声が二人を引きとめた。
「どこに行く?」
 ジェニーがはっと振り向くと、隅の寝台でライアンが体を起こしているところだった。彼はケインを一瞥したあと、ジェニーを疑わしそうに見据えた。
「その男とどこに行くつもりだ?」
 ライアンの手は剣の柄を握りしめていた。それはまるで、ジェニーの返答次第では、二人に斬りかかろうとでもするように。
「ちょっと外に……眠れないから風に当たりに行こうと思って」
 しかし、ジェニーの返答はライアンの疑いを一掃するまでには至らなかったらしい。彼の手は剣から離れず、彼の視線もジェニーから動かなかった。
「ライアン、私は逃げないよ」
 ジェニーがケインを見上げると、ケインはにこりと笑い、ジェニーの肩に手をまわした。
「ジェニーだってどこにも行かないよ。それぐらい……きみにも分かってるはずじゃないか」
 次にジェニーが見たライアンからは、威圧的な眼光が失われていた。だが、彼の手はあいかわらず剣の柄を握ったままだ。ジェニーと視線がぶつかると、いいだろう、と彼は仏頂面でかぶりを振った。
「すぐに戻ってきます。あまり遅かったら、様子を見に来て下さい」
 ライアンは胡散臭いものでも見るように、ケインにちらりと視線を動かした。
「承知した。あまり遅くなるな、ジェニー殿」

 宿の裏手には周辺の宿屋と共同の水場と馬屋がある。建物の壁面に沿って蒔が高く積まれていて、土の地面には数個の桶が転がっていた。人の気配はなく、雑然とした印象だ。
 戸外に出るまで沈黙を守っていたジェニーとケインは、水場の水受けにたまった水面に反射する月光を見て、どちらからともなく顔を見合わせる。数年前の逃避行の際、二人が馬を黙って拝借したのもこんな夜、小さな宿屋の裏にあった馬屋からだ。
 だが、懐かしさに浸る間もなく、ジェニーは馬屋の前にいる先客を見つけた。壁を背に、地面に足を投げ出して座っている大きな男。
 ジェニーとケインが男の正体を見極める前に、男が手を振った。それから、彼は二人に向かって、大きく手招きする。
「アドレーだ」
 二人がアドレーに近寄ると、彼は嬉しそうに笑った。
「興奮して眠れないんだろ?」
 彼は二人を交互に見たが、その言葉はジェニーに向けられたようだ。少し、とジェニーが返すと、彼は愉快そうな笑顔に変わった。
「心配すんな、シヴィルにはすぐに会える」
「シヴィルって誰のこと?」
 ケインがジェニーに振り返る。
「ゴーティス王よ」
 答えながら、ジェニーは彼の名を言うだけで胸が高鳴る自分に気づく。彼の姿を、彼の気配を感じない日々が続いて、ジェニーの心が彼を渇望しているのだ。
 昼間の陽光がないおかげで、ジェニーの頬に広がっているだろう赤らみは、二人の男に見えはしないだろう。ジェニーはそう思っていたが、アドレーの目は、ジェニーのそんな胸の内を見透かしているかのようだ。穏やかで温かい微笑をたたえているが、ごまかしの通じない瞳だ。
 ジェニーは自分から注意をそらせようと、ケインに言った。
「王が子どもの頃、王城を抜け出して街に出たことがあったの。そのときに王が名乗った名前がシヴィル。王とアドレーはそのときに知り合ったのよ。彼は、王を助けてくれた恩人なの」
 ジェニーがそう説明すると、アドレーが首元を指でかきながら、居心地が悪そうに二人から目線をそらした。
「いや、まあ、助けられたのは、どっちかっていえば俺の方だ。ドノヴァンのことも、エレノアの妹のこともさ――」
 と、不意に、アドレーがジェニーの腰に差された剣の鞘を掴んだ。
「こいつはシヴィルの剣じゃないか!」
 アドレーは食い入るように剣を見つめ、剣を放そうとしない。
「よーく覚えてるぜ。ちょうど十年くらい前か。あいつはあんたくらい、いや、もう少し小さいぐらいの背丈で、この立派な剣を持ってたんだ。街を出歩くにはこんなたいそうな剣が邪魔でしかないのに、シヴィルはどうしても手放そうとしなかった。命と同じくらいに大切だ、って言ってな」
 アドレーは当時を懐かしむように鞘を大事そうにさすり、彼の前にたたずむジェニーを見上げた。
「この剣は王から貰ったの。とても大事にしていた、って私も聞いてるわ」
 ジェニーが剣に手を伸ばすと、アドレーは手を開き、ジェニーに剣を譲った。ジェニーの手が剣の柄から鞘に移り、表面の意匠を触っていく様を、アドレーは静かに見守っている。
「私も、この剣を大事にする」
 指先に感じられる鞘の凹凸は、ジェニーにゴーティス王の眉や鼻筋の感触を呼び覚ます。その愛すべき感触を失ってから、早どれぐらいの時が経つのだろう。
 アドレーが、ジェニーを励ますように腕を軽く叩いた。
「あんたが剣を大切に扱うなんてことは、シヴィルはあんたにそれを渡す前から、よーくわかってるさ」
 アドレーの誇らしげな笑顔を見ると、ジェニーは不覚にも涙を落としそうになる。王を取り戻す瞬間まで、それまで、ジェニーは誰にも涙を見せないと誓ったのに。
 アドレーは、ジェニーのそんな我慢を心得ているようだった。
「シヴィルがいないときでも、その剣はあんたの身を守ってくれる。あいつはあんたが大事なんだな。あんたが、シヴィルを大事に思うようにな」
 ジェニーは素早く頷いた。そして、剣を眺めるふりをして、アドレーから目をそらした。それ以上に彼を長く見続ければ、涙が怒涛のように溢れ、きっといつまでも止まらない。

 ジェニーが一連の高ぶる感情をどうにか抑えこんで顔をあげると、隣にいたはずのケインは、既にその場から消えていた。
「あんたの恋人にはなれないって分かって、先に部屋に戻ったのさ。だけどまあ、あの手の男は、実はたいして傷ついちゃいないね」
 アドレーはのんきに欠伸をし、雲の合間から再び姿をのぞかせた月を見上げる。
「あんたも早く部屋に戻って寝た方がいい。送ってやろうか?」
「ううん、大丈夫。あなたはまだ戻らないの?」
「ああ、俺はまだな」と、彼は夜空を見上げ、目を閉じた。「今日は、エレノア――妻の月命日なんだ。もう少しここであいつとしゃべってくよ」
 ジェニーが驚いたのに気づいて、アドレーは目を開き、肩をすくめてみせた。
「もともと体が丈夫じゃなかったからな。医者には、長生きした方だって言われたよ」
「奥さん……いつ亡くなったの?」
 それまで笑みが決して絶えなかったアドレーの唇から、一切の笑みが消えた。
「一ヶ月前だ。最後の最後の瞬間まで、あいつはシヴィルに感謝して、会いたがってた。
 エレノアは幸せだったよ。幼い頃から家族が散り散りになって、一生のうちで二度と会えることはないと思ってたのが、シヴィルが苦労して捜し出してくれたおかげで、あいつは妹に再会できたんだ。最後の二年は一緒に暮らせたし、妹はあいつの死に目に会うこともできた」
 そして、彼はあまりに寂しそうな笑顔を浮かべる。
「唯一のエレノアの心残りは、シヴィルに感謝の意を表すことだ。あいつにできなかったことは、俺が何とかして叶えてやりたかった――と言っても、俺たちの身分じゃ、シヴィルに会うことさえできない」
 だから、アドレーは褒賞金のかかるローレンを捕らえた者として、まずはゴーティス王のいる城に入ろうとしたのだ。ところが、肝心の王は何者かに誘拐されてしまっていた。

 ジェニーがアドレーの頬にキスをすると、彼が唖然としてジェニーを見上げた。
「あんた、俺はただの庶民だぜ?」
「私もそうよ」
 ジェニーは全身をかけめぐる精気を心地よく感じながら、彼を見つめ、言い聞かせるように言った。
「王に会って、直接お礼を言ってあげて」
 王を救い出す理由が多ければ多いほど、王が無事に帰郷できる確率もきっと上がる。

 私たちは必ず、王を助け出してみせる。



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