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6.春が訪れる前に

2010.02.16  *Edit 

「なっ、何をおっしゃるのです、王妃様!」
 王妃に駆け寄った侍女が、王に向かって声を張り上げた。
「王、どうか、王妃様のお言葉を本気でおとりにならないでくださいませ! 王妃様は、この男を哀れんでいるだけでございます!」
 だが、王は眉ひとつ動かさず、何も答えなかった。日がかげり、冷たく湿り気のある風が人々の間を吹きぬけていく中、侍女の声だけがその場にむなしく響く。
「王妃様、こともあろうに、この男は王妃様の名を出して、王のお命を狙ったのですよ! 王妃様の今までのご厚意を無にするような行為です、こんな者に情けなど必要ないではありませんか!」
 王妃が目を細め、明るさの落ちた空を見上げた。
「でもジルは、よく尽くしてくれたでしょう?」
「おお、王妃様……!」
 王妃は白い息を吐いて、彼女の手を押し戻した。侍女が母国語らしき言葉でなおも責めるように何か言ったが、王妃は首を振り、取り合おうとしない。
 それから、王妃はジルの体を雪の上にそっと横たえると、視線を上げ、ジェニーを見た。今まで、ジェニーへの嫉妬心や対抗意識を見せたことのない彼女が、静かな闘志を含んだ目でジェニーを見ている。ジルの死を、まるでジェニーの責任とみなしているかのようだ。
 王妃の視線に応えてか、ジェニーが緊張した面持ちで足を踏み出した。雪が踏みしめられる小さな音に、王が振り返る。
「おまえは小城に戻れ」
 ジェニーは意外そうに王を見返し、王妃を一瞥したあとに口を開いた。「いえ、私は――」
 王は反論しようとしたジェニーを止めるように手を上げ、穏やかな口調となって、彼女にもう一度言った。
「戻っておれ」
 その後、二人は数秒間お互いの顔を見ていたが、ジェニーは王の作った表情を見て、引き下がる気になったらしい。
「……はい、ゴーティス王」
 ジェニーは青いドレスを両手でつまみ、膝を曲げて、頭を軽く下げた。そして、彼女は王に向けたものと同じ微笑みをたたえ、やや深く頭を垂れて、王妃に同じ挨拶をした。アリエルも主人ジェニーに倣った。王妃の瞳にある鋭さは、それでもやわらぎはしなかった。

 ジェニーとアリエルが白い大地を歩いていくのを見送り、サンジェルマンは王妃に振り返った。彼女の肌から赤みが消え、唇が色を失くしている。この場に駆けつける前から濡れていた体が、冬の外気に容赦なく晒され、冷えているようだ。彼女の斜め前に立つ王は、怒りに燃えているようではないが、緊張したように強張った顔つきだ。王がライアンを呼んだ。
「事情は城で聞くとする。妃を後宮へ連れていけ」
「は」
 ライアンが王妃に近寄ると、彼女が強張った声音で言った。
「副隊長、私のことはどうかお構いなく」
 ライアンは王妃の発言を無視し、二人の近衛兵に彼女を連れていくように指示した。
「王妃様、そのままのお姿では凍えてしまいます。私どもと後宮に戻りましょう」
「そうですわ、王妃様。まずは後宮に戻って着替えませんと」
「私は平気です」
 侍女が王妃の側を離れ、歩み寄ってきた男二人が王妃の両隣に跪いた。
「……何をするのです! 手を離して!」
 王妃は暴れたが、華奢な女の抵抗など頑強な男たちの脅威ではない。二人の男が王妃のそれぞれの腕を引き上げると、彼女は雪の上に残されたジルの死体を求め、自由のきかなくなった手を必死に伸ばそうとした。
「ジル……!」
「お連れしろ」
 ライアンが無情に命令を下すと、男たちの間に挟まれた王妃の顔が苦痛そうに歪んだ。
「ああ、やめて!」
 王妃の悲痛な声を聞き、人だかりに混じっていた数人の女が彼女から目をそむけた。だが、ほとんどの者は、困惑したように顔をくもらせるか、怯えた形相で遠巻きに彼女を見つめている。
 王は硬い顔だ。腕組みをし、王妃がジルの名を呼び続けるのを、黙って見守っている。
 王妃が激しく頭を振る様子を見ていると、サンジェルマンは、先王妃が暗殺容疑で連行された数年前のことを思い出す。先王妃はもっと気性が激しかったが、彼女のように衛兵の腕にその細い体を拘束されると、気が触れたように甲高い声で叫んでいた。先王妃の金切り声が響きわたる中、王は今と同じように無言を保ち、彼女の一挙手一投足を見守っていた。

 サンジェルマンが王妃たちに道をあけようと王の脇に寄ると、王がじろりと彼を見た。王の目尻がかすかに震えていた。彼は、怒りを必死に抑えているのだ。
 男たちに連れられた王妃が、先に立って歩くライアンに叫んだ。
「待って! 私がいなくなれば、ジルの亡骸をどこかに捨ててしまうのでしょう!」
「いい加減にせぬか!」
 王妃の背中を見ていた王の怒鳴り声が、彼女を追う。
「カサンドラ、主君を襲った者の末路はおまえの母国でも変わらぬだろう!」
 男たちがぴたりと歩みを止め、王妃が身を縮めながらも王に振り返った。
「……でも、彼は……」
 王妃が口を開くと、王は肩で大きく息をついた。
「おまえは、ヴィレールの王妃ではなかったのか?」
 王がそう投げかけると、王妃の顔が急に硬直した。そして、目をぎゅっと閉じると、震える声で王に問いかけた。
「私が……私が、あなたの妃だったことなどあるのでしょうか……?」 
 サンジェルマンが王妃の質問に驚いたように、周囲の者たちも彼女の突然の反撃に驚いていた。王の反応に怯えた。ところが、王の顔色は依然変わらず、それまでとまったく同じ調子で彼女に尋ね返す。
「おかしなことを言う。この一年、おまえはこの国の王妃であったと思うが、違うのか?」
 ライアンの命令によって拘束を解かれた王妃が、王に向き直った。すると、王は険しい表情に変わり、何者をも貫くような視線を王妃に注ぐ。王の怒りを感じとり、口を挟もうとする者は誰もいない。王妃は王の目から逃れるように地面を見つめ、薄紫色に変わった唇を細く開き、呟くように答えた。
「王には……王には小城にお住まいのお方が、いらっしゃいます……」
 王が呆れたように息をつき、腕を組みなおした。
「それは、おまえが妃ではないという理由にはならぬ」
「……でも、でも――」王妃が両手を胸の前で握りしめ、顔を上げた。王と目が合うと、彼女は一度、言いよどんだ。頬がまだらに赤くなっていた。
「“でも” ――何だ? 言いたいことがあれば、遠慮なく言うがよい」
 王が王妃を挑発するように笑うと、彼女は震えて唇を噛んだ。そしてその直後、彼女は一気に言い放った。
「王は妃の私より、彼女にご執心ではないですか……!」
 王妃は溢れ出した涙を隠すように両手で目を覆い、下を向いた。サンジェルマンは王を見た。王は皆の予想を裏切って口をつぐんでおり、眉間にしわを寄せ、不審そうに彼女を眺めている。
 不意に、王妃が地面に横たわるジルの方に振り向いた。ライアンと近衛二人は彼女の動きに警戒する姿勢をとったが、彼女はすぐに王の方に振り返る。静まりかえる人々の前で、彼女は寂しそうな笑みを口元に浮かべた。
「……王に相手にされない哀れな妃が、それでも健気に――夫だけを見つめていたとお思いですか?」
 これまでの、従順で貞淑な王妃らしくない発言だ。皆の目には、王が妃の自分に注意を払わないのだから、ジルと不適切な関係に陥ったのだと、どこか開き直った態度にも映ったことだろう。サンジェルマンには彼女の態度の変化が意外で、不可解だった。彼女の侍女でさえ、あんぐりと口を開き、呆然として彼女を見つめている。
 だが、王は動揺したようでもなく、王妃を見つめながら、自分の顎を手でゆっくりと触っている。王が激さず、言葉を発しないのは、逆に恐ろしい。王がジルの死体に目をやると、王を見つめていた王妃は急に笑みを失くし、俯いて震え始めた。
 王はそんな王妃に注意を戻し、ライアンに淡々と命じた。「ライアン、妃が凍える前に後宮に戻せ」
「はい」
 ライアンと近衛兵が動く前に、王妃が数歩退いた。
「王妃様?」
「後宮に行く前に、彼の遺体をどこかに安置してください」
 それまで寛大ともいえる態度で王妃に接していた王が、彼女の上で視線をすっと冷たく固まらせた。
「おまえは……自分が一国の王妃だということをすっかり忘れておるようだ」
 王はそう言い放つと、背後に立つ男が持っていた上着を奪い取るようにつかんだ。
「おまえはいったい何者だ? おまえは自分がここにおる理由を忘れたか?」
 男が王に上着を着せようとする手をはねつけ、王は自ら、袖に腕を通し始める。
「俺は、おまえの個人的な事情には何の興味もない。だが、それが何であれ――おまえの申し開きは城で聞く。その女を後宮に早う連れていけ、ライアン!」
 ライアンが男たちに合図を送ると、王妃は再び体の自由を奪われた。王妃の目が王にすがりついたが、彼は彼女には目もくれず、逆方向にさっさと歩き始める。
「サンジェルマン、剣の相手をしろ。手加減はいらぬぞ!」
 王に手招きされ、サンジェルマンは彼の後に続く。



 王城の敷地内で近衛兵による王の暗殺未遂が起きてから、今日で三日が経つ。今朝は風もなく穏やかだったが、細かい雪が空から舞い落ちていた。雪はこの後数時間、降り続くだろう。
 王の訪問はなく、手紙も届けられなかったが、ジェニーはそれが、彼が王妃の処遇を慎重に検討している最中だからだろう、と思っていた。それほどの不安は感じていなかった。ジェニーが最後に見た王の瞳は、彼が冷静に、公正に、今回の件に対処するだろうと物語っていたからだ。
 今頃、王城にいる人々は上を下にと大騒ぎしていることだろう。ジェニーには一切の情報が入らないが、今回の事件が皆に与えた衝撃は大きいだろう。あの場での王妃の言動を目にすれば、事件は痴情のもつれで起きたのだと、ほとんどの人間は考えるに違いない。
 だが、王妃のような人物があんな恐ろしい事件に関わっているとは、ジェニーは今も信じていなかった。王妃に会ったことは数回しかないが、彼女が王を愛していることは、ジェニーにもはっきりと分かっていた。あの事件の場で王妃が向けた目には、ジェニーへの嫉妬の炎が揺らいでいた。
 それなのに、王妃はあのとき、護衛の男に心を移したかのように振舞っていた。それが、ジェニーには腑に落ちない。男が誠意を尽くしてくれたからといって、王妃はそんなに簡単に心を動かされる人だろうか?
「ママー?」
 カミーユの温かな手に腕をとられ、ジェニーは我に返った。カミーユは布地の切れ端を丸めて作ったボールをかかげ、大きな口を広げて笑っている。
「なあに?」
 ジェニーがカミーユの背に合わせて腰をかがめると、彼女はボールをジェニーの手のひらに押しつけ、言った。
「アイアン、来ないー?」
 カミーユのいい遊び相手として、ぎこちない笑顔で彼女に接するライアンを思い出して、ジェニーは笑った。
「ライアン様は、今日は来ないのよ」
「サンエルマーは?」
「サンジェルマンも忙しいの」
 ジェニーが答えると、カミーユは両頬に空気を入れて膨らまし、最大限に不満を表す。乳母たちがそのカミーユを見て、愉快そうに笑い声を上げた。
 娘の無邪気さは救いだ。次々に変わる彼女の表情を見ていると、ジェニーも小城の人々も、笑顔にならずにはいられない。
「ね、ママだけじゃだめなの?」
「ウーン」
 カミーユは手をそれぞれ反対側の脇の下に挟み、最近になって覚えた、腕組みの体勢をとる。王が何かを考えているときに無意識にとる姿勢だ。カミーユは、同じ室内にいることが多くなった彼の仕草をよく観察している。ただ、遊んでくれる相手ではないとみなしているようで、彼がいても、カミーユは彼にまとわりつくことはない。 
 ジェニーがカミーユの手からボールを抜き取ると、カミーユは目を輝かせてジェニーを見上げた。
「オォは?」
「えっ?」
「オォー」
 カミーユはジェニーからボールを奪い返し、ジェニーの周りをぐるぐると走り出した。思わず、ジェニーは王の姿を探して部屋の扉を見たが、そこに彼が立っているはずもない。乳母と世話係の女が、ジェニーに同情したように、形ばかりの笑顔を見せた。
「……王も忙しいのよ」
 カミーユは興奮して笑っており、ジェニーの小さすぎる呟きには気がつかない。
 王は今頃、何をしているのだろう? 王妃はあの後、どうなったのだろう?

 カミーユがジェニーのもとから、乳母の女の方へ走り出す。ジェニーが走り回るカミーユから視線を上げると、世話係の女が躊躇いがちに歩み寄ってきた。
「ジェニー様、お話したいことがあるのですが……」
 ジェニーは彼女から話しかけられたことに驚いた。先王の代、つまり、ゴーティス王も面倒をみてきたという元乳母である女は、親身になってカミーユの世話をしてくれるものの、庶民出であるジェニーとはあまり会話をしたがらない。他の貴族の女たちのような、ジェニーを見下した態度をとりこそしないが、彼女が不本意ながら自分に仕えていることに、ジェニーは当初から気がついていた。
「王のこと?」
 彼女はジェニーに頷き、カミーユと戯れる乳母をちらりと見た。
「ジェニー様、王に好ましくない噂が出ているのをご存知ですか?」
「いいえ。どんな噂なの?」
 ジェニーの返事を最初から予想していたように、彼女は二度頷く。
「ジェニー様は、先王妃がなぜ亡くなられたのか――王に聞いておられますね?」
「ええ。辛い……決断だったと思うわ」
「はい。罪の重さを鑑みれば、他にどうしようもないご決断でした」
 二人は中央に据えられた長椅子に移動し、腰を降ろした。女が、暗い表情で口を開く。
「ですが、三日前に起きた事件――それを、心無い誰かが、それは先王妃の呪いのせいだ、と言い出したのです。処刑された先王妃が息子である王を今も赦していないから、王は先王と同じように、自らの妃に命を狙われるのだと」
 不吉なことがあると呪縛や因縁のせいにする人々がいるが、ジェニーはそんなものは信じない。
 ジェニーが呆れると、彼女の硬い表情がややほぐれた。
「私もそんなくだらない考えは信じておりません」
「当たり前だわ。でも、王はその噂を知ってるの?」
「ご存知だと思います。王が噂を信用されることはないでしょうが、それでも、おそらく、先王妃の事件のことは思い起こしておられるでしょう。王城の皆は、二代続けて王妃が不名誉な事件を引き起こしたことに動揺し、怯えております」
 そのとき、突然に大声を発したカミーユに、ジェニーと世話係の女は振り向かされた。乳母のドレス越しに、カミーユが彼女の足にしがみついて笑っている。
 カミーユに何事もないことがわかると、ジェニーはほっとして世話係の女に注意を戻した。白髪混じりの黒髪に青い瞳の彼女を見ると、ジェニーの脳裏に、王妃の怒りのこもった瞳がちらつく。
「あの近衛兵と王妃様は本当に関わりがあったの? 本当に、あの王妃様が王の身を狙ったの?」
 ジェニーが尋ねると、彼女は困ったように眉を下げ、深いため息をついた。
「王妃様は男との関係を否定なされなかったそうです。ジェニー様、お気持ちは察しますが、あのお方は以前、この館でもジェニー様に――」
 数ヶ月前、王妃がジェニーに土産としてくれた焼き菓子をつまみ食いして、コレットが死んだ。菓子に毒が入っていたのだ。世話係の女は、王妃が殺人を犯しかねない人物だと、そう言いたいのだ。
「ママー!」
 カミーユの得意げな声がジェニーを呼ぶ。乳母のドレスを引っ張って遊びながら、カミーユがジェニーに手を振っている。ジェニーが笑顔を作って手を振り返すと、カミーユは嬉しそうにその場で飛び上がり、手をさらに大きく振ってみせた。
「ジェニー様」
 ジェニーが世話係の呼びかけに振り返ると、女が真面目な顔で見つめていた。笑顔の止まった彼女の顔は疲れが目立ち、とたんに老けて見える。彼女は突然、ジェニーに頭を垂れた。
「どうしたの?」
「どうか、王を支えてくださいませ」
 ジェニーがびっくりしたのはもちろんのこと、乳母も唖然として女を見つめている。ジェニーは、自分の母親より年上の女の肩を軽くたたいた。
「心配しなくても、王は大丈夫よ。彼はそんなに弱い人じゃないわ」
「分かっております。でも、ジェニー様がおられれば、王はずっと心強いことでしょう。……女官長様も、そうおっしゃっておりましたわ」
 そして、自尊心の高いはずの彼女が、ジェニーにもう一度頭を下げる。

 ジェニーは自室に戻り、王に短い手紙を書いた。伝えるのは、彼を心配しているということ、自分は元気でいるということ、それに、王妃と話をしてみたいという願い。
 ジェニーの姿を目にするだけで、王妃は逆上してしまうかもしれない。だが、それ以前に、王はジェニーに彼女と会わせようとしないかもしれない。
 でも、ジェニーは事件の真実が知りたかった。
 皆の目から見た事実が、いつも真実とは限らない。


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