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6.春が訪れる前に

2010.02.09  *Edit 

 湿った地面を蹴って近づくその足音を聞くと、サンジェルマンの脳裏には、同じように王城の廊下を走っていた、約五年前のある日の午後が思い出された。サンジェルマンの人生の中で、最も長い一日のことだ。
 なぜ今、この瞬間にそんなことを不意に思い出したのだろう。思い当たるとしたら、今朝、アリエルから突然の訪問を受けたことしかない。
 アリエルがわざわざ出向いてくるときは、良くない知らせの場合が多い。サンジェルマンは彼女と顔を会わせられて嬉しかったが、彼女はいつにも増してかしこまり、彼に深々と頭を下げた。
「サンジェルマン様の口から、ジェニー様にご説明いただけないでしょうか」
 アリエルがサンジェルマンに求めたのは、皆が口にのぼらせようともしない、王の実弟についての情報だ。王に殺されたとする弟がどんな人間で、王とはどんな関係にあったのか。
 王が弟に屈折した感情を抱き苦しんでいることに、ジェニーは心を痛めているそうだ。王弟のことを知れば、王の苦しみを少しでも取り除けるかもしれない。主人の様子を見かね、アリエルは無理を承知で、事情に通じていそうなサンジェルマンのもとにやって来たのだ。
 けれども、サンジェルマンはアリエルの依頼を断った。彼女が落胆するのを見るのは忍びなかったが、王と王弟ケインの関係はサンジェルマンも本当の意味では把握しておらず、また、簡単に立ち入れるものでもない。ケインが実は生きていて、ジェニーとかつて王城から逃げた相手であることを、アリエルは知らない。小城の者たちにも、知らされていない。


 ゴーティス王とケインは二歳違いの兄弟だったが、昔から仲がよいとはいえなかった。決して嫌い合っていたのではないが、二人が語り合ったり、一緒に遊んだりすることはほとんどなかった。生まれたときから別々に育てられた環境のせいだろう。
 サンジェルマンが二十歳を迎える頃、彼は、二人のうちの兄の方、当時はまだ王子だったゴーティス王に仕えることが決まった。突然の命令だ。数年前より剣の練習相手を務めるなど、サンジェルマンは彼のことを知ってはいたが、まだ若輩の自分が第一王子の傍らに付くことには、戸惑いと驚きが隠せなかった。両親や兄弟も同様だったはずだ。
 だが、王城にあがってみて、サンジェルマンはその意外な人事の理由を知ることとなった。王子は衛兵や使用人たちには人気があったけれども、大臣やその当時はまだ存在していた司教たち、すなわち、実際に政治を動かす実力者たちには嫌われていた。本来ならば次期国王として丁重な扱いを受けるはずの彼は、その存在を軽視されていた。彼は、即位できる成人となる日を目前にして、身近で信頼できる誰かを必要としていた。そしてその役割を、王は、中立の立場を保つサンジェルマン家に求めたのだ。
 サンジェルマンが第二王子であるケインに会ったのは、王城にあがった初日のことだ。ケインは兄の新しい側近サンジェルマンを見つけると、彼自ら近づき、笑顔で挨拶した。王子という身分でいながら、彼は気さくな人物だった。二人の王子たちの母である王妃、彼女と親交のある有力貴族たち、貴族の若い娘たちなど、ケインはどこにいても多くの人に囲まれていた。彼は明るく、いつも笑っていた。
 当時、王城の人々は対照的な兄弟を比較し、兄の境遇を哀れんでいた。第一王子として生まれようと、実際の政治を操る者、特に司教に疎まれれば、次の王とは認められないだろう--。当人のゴーティス王子はそんな風潮はとっくに知っており、気にかけてもいないようだった。王位にはあまり興味がない、と、彼は事あるたびに言っていた。医学書を読んでいた彼が「東の国で医学の勉強をするつもりだ」と笑いながら言うのも、あながち冗談ではなかったのかもしれない。
 
 そんな兄弟に第一の転機が訪れたのは、彼らの父が死んだ日のことだ。その日、王であった彼らの父は妻である王妃に毒を盛られて殺された。彼女の共犯として名があがったのは、彼女が親しくしていた司教だ。二人が愛人関係にあったことも同時に暴露された。
 二人とも、ケインが慕い、深く信頼していた者たちだ。父の跡を継いだゴーティス王が二人を翌朝に処刑すると、ケインは衝撃のあまり、それから数日間、寝込んでしまった。その後、何とか立ち直ったケインは兄の対応に理解を示す態度を見せたものの、実際のところ、心情的には納得していなかったようだ。
 二人の間の微妙なわだかまりはその後も継続したが、ゴーティス王はそれを重要視していなかった。若くして王位についた彼には、ほかにすべき事が山積みだったのだ。勢力を増し過ぎていた母の実家を取り潰し、司教の権限を制限し、王家の権力の回復に必死だった。彼は、それが父から託された使命だと思っていた。サンジェルマンはそんな彼を誇りに思い、できる限りの力となろうと彼に尽くした。

 日々は移ろい、一時は王を哀れんでいた人々の目が尊敬を含んだ眼差しに変わり、王城も社会も、平常を取り戻しつつあった。サンジェルマンがひと息つく暇もなく、時は瞬く間に過ぎていった。
 そして、あと数ヶ月もすればケインが成人を迎えようとする頃だ、王が盲目的な恋に落ちたのは。
 その女は、交友関係の広いケインの友人の一人として王城に出入りしていた。王よりいくつか年上で、背が低く、長い茶色の髪をいつも同じ形に結い上げていた。どちらかというと地味で飾り気がなく、物静かで利口そうに見える女だった。ただ、王を見るときの彼女の大きな水色の瞳は、なぜか、なまめかしい色気にあふれていた。
 王は肉体的にも精神的にも若く、女性経験も乏しかった。それに、愛情にも飢えていた。
 女が一度王に応えると、王はすぐに彼女にのめりこんだ。サンジェルマンの忠告にもまったく耳を貸さなくなった。王は、彼女を愛している、とサンジェルマンに言った。今考えてみれば、王は彼女の甘言にだまされ、与えられる肉体に夢中になっていたに過ぎないのだろうけれど。
 だが、王と彼女の関係が三ヶ月に及ぶ頃、二人の別れは突然に訪れた。同時に、王と成人に達したばかりの弟の間も決裂した。
 惨劇は、いきなり起きた。その第一報が伝えられたとき、王がめったなことでは暴力をふるわないと知る王城の誰もが耳を疑った。サンジェルマンも信じられなかった。王が、愛していたはずの女やケインの取り巻き連中、側近たちを剣で斬り殺したのだ。
 事件の起きたケインの部屋は血の海と化していた。床面を覆いつくすように、人々の死体が散乱していた。誰もがほぼ一撃で命を奪われている中、王の恋人だった女だけが首を切られ、腹をえぐられていた。サンジェルマンは室内の惨状に呆然となった。床に倒れた血だらけの男の体の下から、声を押し殺して泣いているケインを引きずり出すのが精一杯だった。
 王の暗殺を謀ったかどで、女の一家は貴族社会から完全に姿を消した。計画に関わったとされたケインは惨劇で死亡したとされた。
 王に何らかの策略があったのか、それとも、王と女、もしくはケインとの間に何らかの行き違いがあったのだろうか?
 事件後、ケインと彼女の仲を王が邪推したのではないか、とサンジェルマンがケインに問いかけたことがあるが、彼は「心外だ」と否定した。サンジェルマンが、王が誤解した可能性をなおもケインに尋ねると、彼は憤慨して言った。「王だって遊びだったんだろうから、たとえ私たちがそうだったとしても、気になんかしてないよ」
 事件の一部始終を知る王は口を閉ざし、実際には惨劇を生き残ったケインは、恐怖を思い出したくないと、何も語らなかった。
 王が逆上した理由も、ケインの部屋で何があったのかも、今もって謎に包まれている。



 勢いよく開かれた扉から覗いた女の顔が、サンジェルマンを見つけて狼狽する。
「サンジェルマン様……!」
「どうされた?」
 サンジェルマンが目をすがめると、王妃の侍女の一人である女は、救いを求めるように王妃に気弱な視線を送った。
「王妃様をこのような状態で放置されるとは、いったい、どれほどの重大事があったのだ?」
「は、はい! あ、いえ、その……」
 王妃が地面から飛び起きた。
「ジルは!? ジルはどうしたの!」
 王妃に飛びつかれた女は、目を見開いて王妃を見つめ、頬に赤みをのぼらせた。サンジェルマンが女に一歩近づくと、彼女は唇を細かく震わせた。
「ああ、王妃様! 王が……ジルが、王を……!」
「王……って、あの、彼女では……?」
 王妃が駆け出す前に、サンジェルマンは女を押し退け、扉を広く押し開いていた。薄暗い通路の先に開けた視界は真っ白だ。中庭とは違う、痛いほどに冷たい空気を耳に感じながら、サンジェルマンは通路を全速力で疾走する。後ろから追ってくる足音は、王妃とその侍女だろう。
 サンジェルマンは王の無事な姿を求め、眩しいほどに白い雪景色を焦って見渡した。自分の呼吸音が遠のき、鼓動の激しさに、胸が打ち抜かれそうだ。五年前のときのように、すべての惨劇が終わったあとの場で、なす術もなく呆然と立ち尽くすしかない無念は、二度と味わいたくない。
 右手にある庭園へと、雪を蹴散らして数人の衛兵が走る姿が確認できた。サンジェルマンが彼らの向かう先へ足を向けようとすると、小城の方角から、青いドレス姿の女が同じ方向へ一目散に走っていくのが見えた。顔までは見えないが、おそらくはジェニーだ。その数メートル後ろを追いかけていくのは、サンジェルマンが今朝見たばかりのアリエルだ。

 雪をかぶったなだらかな丘にしか見えない庭園の先、近衛隊の剣の練習場に通じる小道の途中に、衛兵たちと青い制服姿の近衛兵たちが七、八人集まっていた。白金色の髪が見えたが、それはライアンだ。
 サンジェルマンがなおも目を凝らすと、彼らの陰にもう一人の白金色の男の頭が垣間見えた。彼は、サンジェルマンより先に駆けつけたジェニーに手を伸ばしている。ゴーティス王だ。
 ああ、神よ、王はまだ生きている……!
「王、ご無事ですか!」
 ライアンや数人の男たちがサンジェルマンに振り返った。その場の全員が、怒ったような、強ばった表情だ。動いた男たちの向こうに、ジェニーの肩を抱いた王の元気な姿が確認できる。 
 腹の奥底から生まれた安堵の息が喉を通ると、サンジェルマンの目に、真っ白な地面に浮かび上がる鮮やかな赤い染みが飛び込んできた。不審に思ったサンジェルマンがライアンを見ると、彼は唇を噛みしめ、弱々しく首を左右に振ってみせる。
 近衛兵たちの足下にある赤い染みは、赤一色ではなく、黒に似た色が混ざっていた。地面に倒れた男の青い制服が赤い血に染まり、黒っぽく見せているのだ。その脇に立つ近衛兵二人の顔にも、小さな赤い点がいくつか付着している。彼らは赤く変色した剣を手に持っていた。
「……なんということ……」
 血だらけの死体の顔をわざわざ見なくても、サンジェルマンにはその正体が分かった。王妃の護衛を解任されたばかりのジルだ。
 男たちに合流したサンジェルマンが驚きの息を漏らしても、王もライアンも注意を払っていなかった。彼らの視線はサンジェルマンを通り過ぎ、背後にまっすぐと向けられている。
「きゃああああああっ!」
 サンジェルマンが振り向いたと同時に、風が吹き抜けるかのように、彼の横を王妃が走り抜けた。男たちの足下で変わり果てた姿となったジルを見て、彼女がまた甲高い悲鳴をあげる。
「どうして! ジル、どうしてあなたがこんなこと……!」
 王妃は血だまりに浸かるジルの体を掴み、何度もジルの名を叫んだ。ジルを抱き起こした王妃の腕に彼の血が移ったが、彼女はかまわず、彼の冷たくなった肩を抱いてむせび泣く。その姿はさながら、恋人の命を奪われて悲しむ女のようだ。サンジェルマンも王も、その場にいた誰もが、王妃の激しい嘆きように目を見はった。

 薄着のジェニーが冷風にさらされてくしゃみをすると、それを合図にしたかのように、王妃の侍女が慌てて主人に駆け寄った。その頃までに、ジルと王妃を囲む人数は二倍に膨れあがっていた。
 青ざめた面をあげた王妃は、王とジェニーを見ると再び目に涙を浮かべ、ジルに視線を落とした。彼女の手もドレスも血に浸かり、真っ赤に変わっている。
「彼はいきなり王に斬りかかったのです、王妃様」
 ライアンが異様な沈黙を破り、王妃に言った。だが、王妃はジルを見つめたまま、何の反応も示さない。
「王がいなくなれば王妃様は幸せだ、と生前の彼は言い放ったそうです。王妃様、失礼を承知で申し上げますが……これは、彼の独断による行動でしょうね?」
「どういう意味ですか、それは!」
 王妃の侍女がライアンに叫び返したが、当の王妃はぼんやりとライアンを見上げただけだ。ライアンは顔色を変えず、侍女を見返した。
「私は事実を確認しているだけだ。されど、まことに失礼ながら、王妃様の反応は、皆に疑われても仕方のないものと思うが?」
「まあ、なんと無礼な言いぐさです! 王妃様がこの男と通じていたとでも疑っているのですか! この男が勝手に王を襲っただけに決まっているではありませんか!」
 サンジェルマンは王妃がジルと通じていたとは、一瞬たりとも疑わなかった。彼女は王に一途に恋していたはずだ。だが、雪の上で凍りはじめた赤い血を愛しそうに拭うさまは、王妃の心がいつのまにかジルに移ってしまったのではないか、とサンジェルマンに思わせる。
「王妃様、何とかおっしゃってくださいませ!」
 侍女にせっつかれた王妃は再び顔を上げたが、取り囲む人々をぐるりと見回すと、またもや涙を流し始めた。王妃はライアンに反論しなかった。

 王妃が涙を拭って王を見上げたとき、王はジェニーの手をつかんでいた。王妃は数秒間、王かジェニーのどちらかをじっと見つめているように、サンジェルマンには見えた。王が不審そうに王妃を見る目つきは、最初からずっと変わっていない。ジェニーは青白い顔をしていて、王妃から少しも目をそらそうとはしなかった。
「ライアン副隊長」
 王妃のか細い声に呼ばれ、ライアンが王妃の前に足を踏み出した。「御前に」
「ジルは……どうなるのです?」
「どうなる、とおっしゃいますと?」
 ライアンが怪訝そうに問い返す。
「彼の亡骸はどうなるのです?」
 ライアンだけでなく、その場にいた全員が彼女の質問に困窮したはずだ。犯罪者はその生死に関わらず、まともな人間扱いをされることはない。
 ライアンは困惑していたが、王妃にはっきりと告げた。「罪人の死体のことなど、王妃様の気にかけることではございません」
「罪人……」
「彼は王を亡きものにせんとしたのですよ、王妃様」
 ライアンがその事実を再度突きつけるように言うと、一瞬だけ、王妃がぎこちなく笑った。
「その男に情けは無用です」
 ライアンが王妃をジルから引き離そうとすると、彼女ははっきりとした意志を持って、彼の手を拒否した。
「副隊長、彼の遺体は私が責任を持って、然るべき場所に埋葬します」
「王妃様!」
 侍女が青ざめて叫び、人々がざわめいた。王が眉間に皺を寄せ、ますます不審そうに王妃を見つめる。
「彼は私の大事な友人……味方でした。私は彼を埋葬したいのです」
 ライアンが事務的に言い返す。
「それは無理というものです、王妃様」
「王妃の私が頼んでもですか?」
 ライアンを見返す王妃の視線は、いつになく反抗的なものだった。ざわついた人々は静まりかえり、事態が次の展開を見せるのを待っている。
 次に言葉を発したのは、それまで二人を静観していた王だった。
「カサンドラ、それがどんな意味を持つのか、おまえはわかっておろうな?」
 王が真意を確かめるように問うと、王妃は俯き、目を閉じた。
「王である俺に剣を向けた男を、妃であるおまえは埋葬したいというのか?」
 王はジェニーの手を離し、王妃に近づいた。王妃が顔を上げ、涙に濡れた目で王を見つめる。
「ジルは私の……貴重な友人でした」
 王は唇をきつく結び、彼女を見据えている。
「ジルは私にとても……とても、よくしてくれたのです」
 王が苛ついて、短い息をついた。
「誤解を招くような言い方だな」
 王妃はジルに視線を向け、目から大粒の涙をこぼした。そして、嗚咽を抑えながら、彼女は言った。
「友人以上の関係だったとおっしゃりたいのなら、それでも……私はそれでも、かまいません」
 王は王妃の返答に動じはしなかったが、皆が驚きに息を飲む音が辺りに響いた。
 王妃の目は王ではなく、彼の後ろにたたずむジェニーを見ていた。涙を流してはいても、その瞳には、悲しみより、静かな怒りがあふれている。



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