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5.生と死の境界線

11

2010.01.12  *Edit 

 驚いたジェニーの顔が自分を見て嬉しさにほころぶ――。ゴーティスは当然のようにそう予想していたが、彼女の頬はいつまでもほぐれなかった。沈みゆく太陽の日差しを右側から受け、ジェニーの髪は鈍い黄金色に輝き、瞳が明るい茶色の光を放っている。彼女の顔色は、寒さにあえぐ手の白さとほぼ同じだ。声までも凍えているのか、何も言おうとはしない。
「フィリップがどうかしたか?」
 ジェニーに尋ねはしたが、ゴーティスは彼女の返答に興味はなかった。ジェニーは冷たそうな手をぐっと握り締め、彼女にしてはめずらしく、愛想笑いのような笑顔を一瞬返す。
 ジェニーの普段とは少し異なる様子が気になりはしたが、約十日ぶりに彼女の顔を見られたことにゴーティスは興奮していた。彼女は闘技場での危機を生き抜き、ゴーティスの目の前に立って、確かに息をしている。ゴーティスはまったく信心深くないが、神に彼女を讃えるよう、懇願してもいい。
 ジェニーは後方にある北東の空に、ちらりと視線を走らせた。
「……今頃はきっと、彼の故郷では雪が降ってる」
 ジェニーの声が耳に通ると、ゴーティスの胸が彼女を求めて震えた。
「俺に会えず、寂しかったか?」
 ジェニーが息をのんで顔を上げ、ゴーティスは反射的に彼女に腕を伸ばした。彼女の肩を抱こうと一歩近づくと、飛び跳ねるようにして、彼女は一歩後退した。
「ジェニー?」
 ジェニーは戸惑ったように視線をそらした後、下唇を噛んだ顔を上げ、挑むようにゴーティスを見返した。おかしい、とゴーティスが感じたのはこの時だ。
「今頃……来るなんて」
「なに?」
 ジェニーの批判めいた口調にゴーティスは驚いた。だが、ゴーティスの驚きが怒りに移る前に、彼女の挑戦的な表情がほっとしたように弛んだ。それから、彼女は両手で顔を覆う。自分と再会できた感動で泣き出したのかとゴーティスは思ったが、彼女の肩は揺れ、指の間から継続した笑いが漏れていた。
「どうした?」
 ゴーティスがジェニーの肩に手を置くと、ジェニーの体の揺れが止まった。ジェニー、と名を呼ぶと、ジェニーは両手に隠した顔を現し、ゴーティスをゆっくりと見上げる。まだ唇を噛み締めていたが、ジェニーの顔に涙の跡はなかった。
「もう会えないんじゃないかって……ときどき、そう思った」
「何だと? なにゆえ、そんなくだらぬ発想をする?」
 ジェニーの顔が曇る。彼女の不機嫌そうな顔は、彼女が生の時間を刻んでいる証だ。
「くだらない? でもね、ゴーティス王」
「少し黙っておれ」
 ジェニーはまだ言い足りなさそうだったが、ゴーティスはいきなり、彼女を腕の中に抱き寄せた。ジェニーが腕で体を押し返そうとしたため、ゴーティスは、自分の胸の中で彼女が身動きできないように、両腕で彼女の体を縛りつけるように抱き締めた。
 頬に触れるジェニーの髪は冷たかった。彼女の服はもちろん、彼女の手も冷え切っていた。ゴーティスが不在だった毎日、ジェニーの体は常にこの状態だったのだ。ジェニーの体が温かさを取り戻し、自分の体の熱が彼女の隅々に染み入ったのだと満足するまで、ゴーティスは彼女を放す気はなかった。
「よう無事で……あの場をよくぞ切り抜けた」
 ジェニーの頭上で囁くと、彼女の腕から力が萎え、彼女の文句はゴーティスの胸の前で湿ったため息に姿を変えた。

 ゴーティスが目を開けると、彼の手で顔を固定されて動けないジェニーが名を囁いた。ゴーティスは彼女の頭を撫で、彼女の顔が動けるだけ、わずかに体を離す。彼女の下睫毛に涙の粒が光っていた。
「あなたにまた会えて、本当によかった」
 血の気を失っていたジェニーの唇は生気を取り戻し、ゴーティスに会って幸せな弧を描く。ジェニーを見つめていると、ゴーティスの体の芯が熱くなる。
「城には大勢の来客がおったゆえ、今日まで来られずにいた。おまえの身を……心配してはおったが」
 ジェニーの瞳が嬉しそうに揺れる。
「心配してた? あなたから私には何の連絡もなかったのに」
「俺は毎日、客の相手をしておったのだぞ。俺が多忙を極めておると、おまえにも想像できたであろう?」
「でも、手紙や伝言って手もあるのよ」
「この近距離で手紙のやり取りを?」
 ゴーティスが幾分呆れると、ジェニーがむっとして言った。
「あなたと会えない間に、余計なことをいろいろと考えたわ。一言でも連絡をくれてたら、二度と会えないかもしれないなんて誤解、きっとしなかった」
 くだらない、とゴーティスは彼女の勝手な思い込みを一言で切り捨てられはしなかった。彼女の笑顔に落ちる翳りが、彼女の心を侵す不安をゴーティスの胸に切々と伝える。
 ジェニーが口を尖らす様は、彼女から甘えられているようだ。ゴーティスがジェニーへの想いを募らせていた間、彼女もまた、ゴーティスを恋しく想う日々を送っていたのだ。ゴーティスの胸が詰まった。
「……俺はおまえが心配だった。おまえが無事でおるかどうかを、毎日、考えておった」
 ゴーティスが来る日も来る日も、ジェニーの心配をしていたのは本当だ。彼女に心配している旨を“連絡”しようとは考えつかなかったが、実際に彼女と顔を突き合わせるときが早く訪れるのを毎日願っていた。
 ジェニーの頬にかかる髪を指でつまみ、ゴーティスは彼女に顔を寄せた。
「……つまらぬ誤解をさせたようだ。許せ」
 ゴーティスの口から滑り落ちた言葉に、ジェニーが顔を上げ、彼をじっと見つめる。彼女の茶色い瞳はまだ潤んだままだ。
 想いを寄せる誰かがいるのは、なんと幸せなことだろう。それがあるだけで、必ず来るとも限らない明日も、ゴーティスは必死で生きてみたくなる。
 ゴーティスを見返す茶色い光が、細く、小さくなった。ジェニーの手が肩に触れるのを感じる前に、ゴーティスは冷たさの残る彼女の唇に唇をのせる。

 ゴーティスの唇がジェニーの肌を離れると、彼の鼻を冬の匂いがする空気がくすぐった。
「すぐに日が落ちる。部屋に戻るぞ」
 温かさとともに湿り気を取り返したジェニーの唇にもう一度、ゴーティスは短い口づけを落とした。彼女の瞳を見つめ、その唇に触れると、ゴーティスはそのまま彼女を抱きすくめ、誰に邪魔されることもない未知の場所へ彼女を連れ去りたい衝動にかられる。その衝動に足をすくわれないうちに、ゴーティスはジェニーを冷気から逃れられる屋内に連れていきたかった。
「うん」
 ジェニーが伸ばした手を取り、ゴーティスは彼女に笑いかける。自分の笑みに応え、彼女が笑顔に変わる瞬間がゴーティスは好きだ。彼女が笑う理由が自分だと、ゴーティスは自身を納得させられる。
 だが突然、ゴーティスを見て笑ったジェニーの顔が、無表情に硬直した。そして、恐怖に怯えたようにジェニーは目を丸くし、ゴーティスの手から即刻逃れたいというように、結ばれた手を激しく振る。
「放してよ……放して!」
 ジェニーの突然の変貌ぶりにゴーティスは唖然とし、握っていた彼女の手を咄嗟に放した。彼から自由になった手をドレスで拭い、ジェニーはその両手を見つめて茫然とする。
「ジェニー、どうした?」
 ゴーティスがうっかりジェニーに手を伸ばそうとすると、彼女はそれを避け、再び手をドレスで拭く。まるでその手が汚物に浸かったかのように、ごしごしと強く。
「手が、どうかしたか?」
 ジェニーがはっとして顔を上げた。ゴーティスは手を動かしかけたが、彼女の神経質な拒絶に遭うことを恐れ、手を止める。ジェニーに今何が起きているのか、何がきっかけで今のジェニーの状況があるのか――さっぱり掴めなかった。
 ゴーティスがジェニーの様子をうかがっていると、ゴーティスから逃げるように彼女がよろめき、両手を顔の前に掲げた。
「血が……血が消えない……!」



 ジェニーは十五分ほど前、自室の寝台で眠りについた。ゴーティスの手を拒否した彼女は召使たちに抱えられて自室まで運ばれ、そこでもやはりゴーティスが近づくのを許さず、アリエルが現れるとようやく、ほっとしたように頬をゆるめた。
 ジェニーのおかしな言動はゴーティスが着ていた濃緑色の上着のせいではないか、とアリエルが気づいたのは、ジェニーが気を失うように眠りについた直後のことだ。ジェニーが手にかけた男は、ゴーティスと同じ色の、似通った模様の入った服を身に着けていたという。男を思い出したのでは、と、アリエルは眠っているジェニーを気遣わしげに振り返った。
 代わりの服を用意する、というアリエルの勧めを断り、ゴーティスは白い上服姿で、ジェニーの寝室にある背もたれのない椅子にまたがった。薄着で風邪を召されては、とアリエルは心配したが、ジェニーほど寒がりではないゴーティスにとって、彼女の寝室は上服だけで十分に過ごせる暖かさだ。
 続き部屋では侍医を迎える準備が進んでいるらしく、召使たちのせわしい足音が行ったり来たりしている。その不規則に刻まれる物音は、ゴーティスが物思いに沈む邪魔となってちょうどいい。
「ジェニーはずっと様子がおかしかったのか?」
 寝台の反対側でジェニーを見守るアリエルに、ゴーティスは問う。
「そうですね……。あの事件の後しばらくは動揺されていて、少し元気がないご様子でした。私どもも注意してきたつもりでしたが、時々ぼんやりなさることはあっても、通常と変わりないお姿で。今日のようなジェニー様を私は初めて見ました。事件から今までずっと……気が張っておられたのかもしれません」
 アリエルとゴーティスの見守る先で、ジェニーは暖かな毛布の中ですこやかな寝息をたてている。ゴーティスがアリエルに振り返ると、彼女は目に浮かんだ涙を手でそっと隠した。
「ジェニーが勇敢とはいえ、人を一人、殺しておるのだ。普通の人間であれば、平常心ではおられぬ」
「はい」
 ゴーティスは椅子から腰を上げ、寝台に横たわるジェニーの体の脇に腰掛けた。ジェニーの顔の前にかざしたゴーティスの手に、彼女の口から出される温かな呼気があたる。

「王」
「何だ」
 ゴーティスはアリエルに振り返らず、小声で返事をする。ジェニーから視線をそらしたくなかった。
「王、ジェニー様は……王にお会いになれず、寂しがっておいででした」
「知っておる」
「今思えば、ジェニー様は不安でいらしたのだと思います。王に再びお会いできないかもしれないと、そう感じておられたのです」
 侍女ごときに、なぜジェニーの思いを代弁されなければならないのか。主人を思うあまりの親切だろうが、ゴーティスにはアリエルの思いやりが鬱陶しい。
「知っておる。俺と会えぬ間に余計なことを色々と考えた、と本人が言うておった。誤解があったことは知っておる」
 口調に苛立ちを混じらせ、ゴーティスはアリエルを一瞥した。ゴーティスの答えを聞き、彼女があからさまに安堵するのがまた、ゴーティスの苛立ちを募らせる。
「そうですか、それはようございました……! 差し出がましい真似をお許しください。あの事件の際、ジェニー様は『自分はもう王城に戻る必要がない』と気落ちしておられ、私はとても心配していたのです」
「なに?」
 自分はもう王城に戻る必要がない、とジェニーが言っていたとは、ゴーティスは初耳だ。彼女は、人殺しをして衝撃を受けている彼女をゴーティスが放置したことを根拠に、“王に捨てられた”と誤解したのではなかったか?
「ジェニーはそんなことを言うておったのか?」
 にわかに胸に沸いた混乱がゴーティスの声を上ずらせる。ゴーティスに向けられたアリエルの表情にも、戸惑いがありありと見えた。
「はい。あの、誤解は解けたのでは……?」
 彼女の視線が寝台のジェニーにちらりと動き、ゴーティスは苛立った。だが、その苛立ちは、彼女に対してなのか、自分自身に対してなのか、判断ができない。
「何ゆえにそのような誤解をする? 俺がいつ――」ゴーティスはサンジェルマンの懸念を思い出し、はっとした。取るに足らない心配だと、相手にもしなかった彼の意見。「――あの言葉を鵜呑みにしたか」
 ゴーティスのひとり言だったが、アリエルが頷いた。
「この俺が正妃以外を助けるはずもなかろう! この女にはそれぐらいの常識はあると思うておったぞ」
 ゴーティスはジェニーから顔を上げた。アリエルの静かな微笑みは、寝台の上のジェニーからゴーティスに向けられる。
「はい。ですが……それはジェニー様にとって、常識ではなかったのではないでしょうか?」
 再びジェニーを見て微笑んだあと、彼女はゴーティスにそう問いかける。
「ジェニー様は、本来の身分は貴族でも、庶民としてお生まれになっているのです。ジェニー様の常識には時々、私もひどく驚かされることがございました」
 アリエルの意見は一理ある。だからジェニーは、ゴーティスと会えない日々を大げさに心配していたのだ。
 なんと愚かな女。
 ゴーティスは、彼女が闘技場でのゴーティスの言葉に傷つき、今日まで不安に苛まれていたことを思って、再び、身分や立場に左右されないどこかへ彼女を連れ去りたくなる。




 毛布から出ている頭や肩は、夜中にジェニーが目覚めると、驚くほど冷えていることがある。寒さが一段と厳しくなるこれからの時期は、室内をもっと暖めてもらわねば。
 王城のあるこの土地で寒さに震えていて、もしラニス公の住む地方にでも移り住んだら、どうやって冬を凌げるのだろう? ラニス公の城は国の北東部に位置し、山の裾野にある。過去に二回、ジェニーはかの地で冬を経験したが、いずれの寒さも厳しかった。
 ジェニーは暗闇で目を覚まし、大きく二度瞬きをした。今日は顔が冷えていない――いや、それどころか、頬がとても温かい。アリエルがまた、“湯たんぽ”をひそかに忍ばせてくれた?
 布にくるまれた湯たんぽの容器を手で探ろうと、ジェニーは顔に密着する白い布地に手を伸ばした。しかしそれは、ジェニーの手が届く前に、大きく震える。
「起きたか?」
 男の低い囁き声に、ジェニーの頭は完全に目覚める。
「誰?」ジェニーの発したはずの声は、息づかいにしか聞こえない。喉がからからに乾燥していた。
 ジェニーの額に温かな手が触れ、小さな笑いが頭上から降ってきた。「喉が渇いておるだろう。水を飲め」
 ああ、この口調と低い声は――ゴーティス王だ。
 もちろん、ジェニーの寝室に侵入できる男は彼しかいない。ジェニーの顔を温めていた“湯たんぽ”もどきは、彼の腿だった。
 よかった、彼と再会できたのは夢ではなかったのだ。
 ジェニーは起き上がり、王自らが水差しから入れた水を受け取った。両手で水の入った杯を支え、ジェニーはそれを口に流しこむ。ゆっくり飲め、と彼はジェニーに念を押す。冷たい液体はジェニーの乾いた舌を濡らし、喉の奥に染み渡って、ジェニーを生き返らせる。
 ジェニーが水を飲み干して大きな息をつくと、王がジェニーの杯を奪い去った。暗闇に、王の二つの瞳が瞬いて光っている。
「腹が減っておるなら食い物もあるぞ」
 空腹かどうかまで、ジェニーのぼんやりとした頭では分からない。ただ、彼が自分の世話を焼こうとすることが、不思議に思えた。
「お腹が空いてるのかよく分からないけど……今は何もいらない」
 ジェニーは、一つだけカーテンの閉められていない窓から夜空を見た。真っ暗だ。王と会ったのは日没前だったはずだが、今は何時なのだろう?
 その疑問を読み取ったように、王が言った。「真夜中まではまだ数時間ある。だが、このまま眠るがいい。俺も今宵はここにおる」
 王は枕を整え、毛布をめくり、ジェニーをそれまで眠っていた心地よい場所へ戻そうとする。ジェニーは彼の手を拒みはしなかったが、彼のやけに親切な接し方が気になった。
「……今日はなんだか優しいのね」
 ジェニーを毛布に押し込む手を止め、王は不愉快そうに唇を下げる。
「今日だけ俺が優しいような口ぶりだな」
 しかし、王の瞳は笑っていて、ジェニーは顔に乱暴に毛布を掛けられた。ジェニーが急いで頭を出すと、彼は床に降ろしていた片足を寝台の上に上げ、両膝を抱えた。
「あなたの優しさは、いつももっとさりげないから」
「ふん、うまい言い方をしおる」
 王は満足そうに笑ったが、その瞬間的な笑みはすぐに消え去った。彼が膝に顔を預けると、反動で、闇夜に銀色に見える前髪が揺れ、彼のまつげに降りかかる。彼が、隣に横たわるジェニーを見下ろした。
「寒くはないのか?」
「大丈夫」
 同じような問いをフィリップから昨日受けたことを思い出し、ジェニーはなんとなく後ろめたい思いにかられ、王の瞳からさりげなく目をそらした。彼の腕の線を目で追い、筋肉の張ったふくらはぎを抱える手に何気なく視線を移す。
 服の裾からのぞいた王のふくらはぎを目にすると、寒気からではなく、ジェニーの背中がぞくりと震えた。不自然に動悸が激しくなる。説明のつかない高揚が胸を駆け巡った。

 王が膝から顔を上げ、ジェニーは彼の横顔を見る。
「されど、俺はさして優しい男ではないだろう。不安がっておる女に何と声を掛け、どう扱ってよいのか分からぬ。こんなときには、ベアールの方がよほど頼りになるだろうよ」
 どうしたんだろう? 普段の王らしくない発言だ。不安になっていたのはジェニーの方なのに、彼の投げやりな言葉の端々に、不安と孤独がにじんでいる。
 ジェニーは毛布の下から手を出し、彼に向かって手を伸ばした。彼はにこりともせずに、ジェニーの手を見る。そして、膝に回していた手を浮かせ、彼はジェニーの手を掴んだ。
「でも、あなたはこうやって一緒に居てくれるじゃない。ユーゴ様は、誰か一人の傍らで何時間も過ごすなんてことは絶対にしない。王のあなたはほかにやるべき事だってたくさんあるのに――私が眠っていたときもずっと側にいてくれたんでしょう?」
 王が膝を動かし、右膝を寝台の上に伸ばした。ジェニーの奇妙な胸の高鳴りは、まだ続いている。ジェニーを掴む王の手に力が込められ、ジェニーは毛布から這い出そうとして、彼に制止された。
「俺が十四で初めて人を殺したときも、俺の側で共に過ごした人間がいた。先王だ。俺は単に、そのときの先王と同じことをおまえにしておるだけだ。
 俺は、その長い夜のことをよう覚えておる。俺は一晩中すすり泣き、ときどき思い出したかのように眠った。先王はそんな俺を責めも慰めもしなかったが、俺が浅い眠りから目覚めたときは常に、先王の――父の手があった。目覚めるたび、俺はその感触に安心した。嬉しかった。生身の人間の体など金輪際触れたくないと思う一方で、俺はその温かさが恋しくて仕方がなかったのだ」
 王がジェニーの手を握り直した。いつでもジェニーを安心させる温もりだ。これが彼の父親譲りだったとは、今の今まで知らなかったが。
 ジェニーは、彼が自分の心細さを知り、励まそうと傍らにいてくれたことが嬉しく、彼が父との逸話を語ってくれたことも嬉しかった。彼の存在がどれだけ力になるのか、彼にその全てを口に出して言いたかったが、言葉にすることが果たして正しいのか、よく分からなかった。限られた単語を連結するだけでは、ジェニーが伝えたい想いが半分も彼に届かないように思えた。だから、ありったけの思いを込めて、王の手を握り返した。

 王の声が乾いた空気を振動させる。
「ジェニー」
「うん?」
 王がジェニーを見つめ、微笑んだ。
「おまえ……フィリップのところに行くか?」
「えっ?」
 王の笑顔に溶かされたばかりの、ジェニーの心が凍る。


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