FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



ネット小説のランキングに参加しています。投票(週1回)いただけると、とっても励みになります♪
 お気に召したらぜひ一票♪にほんブログ村 恋愛小説(純愛)へ 
*Edit TB(-) | CO(-) 

5.生と死の境界線

2009.12.30  *Edit 

 刃面にある無数の細かなひっかき傷から注意をそらそうと、ジェニーは必死に男の名を思い出そうとした。今日が初対面だったような気もするし、面識があった者のような気もする。たしか、ジェニーたちが席に着いたときには、男は既に前列に座っていた。周辺にいた全員と簡単な挨拶は交わしているので、男も名を名乗ったはずだが、名前は覚えていない。
 男の腕に顎を押し上げられ、剣の刃がジェニーの顔面にいっそう近づいた。ジェニーが怯えるよりも前に、声も出さずに、何人かが恐怖に息をのむ。
 ジェニーは、男がこれまでにいくつもの命をその剣で奪ってきていることを、感覚的に分かっていた。下手に反抗する素振りを見せれば、この男は確実にジェニーに危害を加える。指先はまったく自由だったのに、ジェニーは力を入れられなかった。
「ヴィレール王、俺は本気だぞ!」
 男が声高にもう一度怒鳴る。しかし、誰の声も返ってはこなかった。ジェニーの周囲で人が動きまわる音だけが聞こえる。
 ジェニーは剣を手にしたユーゴの姿を男の刃の向こうにみとめ、やっと、緊張の糸を切らした。ユーゴの左右には、数人の制服姿の近衛兵たち。彼らはきっと、男のほんの一瞬の隙を狙っている。ジェニーから王の姿は見ることができないが、王は、虎視眈々と逆襲の機会を待っているのだ。
 夏場の閉め切った納屋のように、貴族席を包む暑く重苦しい空気は動かない。誰も何もしゃべらない。ジェニーの頭の真上で、男が熱く湿った息を吐き出した。どこかの言葉で何かを呟いた後、また、短く息を吐いた。彼は苛立っている。ジェニーに密着する男の体が発する熱が、さらに熱くなったように感じた。
 

 その瞬間、ジェニーの両足は浮いて、視界ががらりと変わった。女たちが抑えた悲鳴をあげ、恐怖にかられた男女が、ジェニーたちの前から慌てて走り去っていく。次にジェニーの足が地に着いたとき、男の腕越しに見えていたユーゴたちは消え、代わりに、王やライアンのいる最前列の風景がジェニーの目に飛び込んできた。
 彼らはそこにいた。周りに近衛兵の数が増えてはいたが、ジェニーが最初に見たときと、まったく同じ位置だ。王にいたっては、前の壁に片足をかけた体勢のままだ。女たちの悲鳴で眼下の競技場から顔を上げはしたが、まるで壁にかかった静物画でも見るような、興味もなさそうな表情でジェニーを見る。彼の背後に影のように立つサンジェルマンの姿を見るなり、ジェニーの胸は驚愕と失意に握りつぶされた。
(ああ、そんな……!)
「その男を放せと言っただろ!」
 ジェニーの想像どおり、王からの返答はない。
 男の腕に締めあげられ、ジェニーの顔はまた上向いた。体の自由がきかないことは恐怖と呼ぶ以外ないけれど、皮肉にも、ジェニーは自分の体が拘束されているのをありがたいと感じていた。今、ジェニーが王の顔を見れば、彼の意思を確かめるはめになる。死に直面した状況そのものよりも、王がそれを理解しながら、ジェニーを見捨てるつもりでいる、と知るのが怖い。
 楕円形の短辺側にある一般席が、上へ上へと連なっているのが見えた。広い闘技場は満席で、上段に席をとる者たちは無数の黒い粒にしか見えない。彼らは、貴族席でジェニーが死に向かい合っていることなど、知りもしないだろう。風にのって運ばれてくる人々の話し声は、森の木々がのんきに囁いているかのようだ。
 ジェニーはいつまでも森の木々が奏でる音を聞いていたかった。ジェニーは現実逃避が好きではないが、現実を見つめたくないときもある。現実に面するには、いつだって勇気が要るからだ。
 静かな木々の囁きに、女たちの小さな悲鳴と、ジェニー様、と叫ぶ悲痛な声が混じった。彼女がどこにいるかジェニーには見えないが、アリエルだ。
 ジェニーは、顔を覆う暑い空気が急激に冷え、その冷たさが顎の一部から発生しているのだと気づかされた。空気が顎に触れ、冷たさが痺れるような痛みに変化する。
 血だ。男の剣がジェニーの顎に細い傷をつけたのだ。
 ジェニーの体は、男の腕によってまた引きずられた。
「ヴィレール王、今度はこんなものじゃ、済まされないぞ! この女の命を奪われたくなければ、早くその男を放せ! 聞こえないのか!」
 王が、呆れたように宙を仰いだ。
「うるさいぞ。何度も言わぬでも、聞こえておる」
 そして、あくまで面倒そうにそう言葉を発した。
「なっ……! なら、この女が死んでもいいのか? この女はまだ若い、死なすにはまだ惜しいだろう!」
 王はにやりと笑い、男を見た。
「そやつにはそろそろ飽きていた頃だ、死のうが惜しくはない。
 おお、ちょうどよい機会だ、女はおまえにくれてやろう。剣の切れ味を試すなり、床(とこ)に連れて行くなり、好きにするがよい! 俺には新しい女が必要だ」
 そうして、王はジェニーにも同じ笑みを向けた。ジェニーの心臓が縮んで、これまでのような愛情のかけらもない、彼の下卑た笑いを目にして、息が止まりそうになる。
 ――新しい女が必要?
 王が激務の合間をぬって、三日とあけずにジェニーに会いに来た意味は何だったのか。言葉足らずでぶっきらぼうでも、彼がジェニーを見つめる視線から、必ず愛情が溶け出していたのに。
 ――死んでも惜しくはない?
 真夜中の寝所で半裸で抱き合いながらも、ジェニーが望まない伽はせずに、彼が話を続けてくれたことは何だったのだろう? 最近になって、ごくたまにだが、彼は幼少時の話をぽつりぽつりと漏らすようになってきたところだった。ジェニーはそれが、彼が自分に心を許しはじめた結果だと信じていたのだ。
 王の放った一語一句が信じられない。
 残酷な言葉の数々も、敵を油断させ、ジェニーを救うための演技だと考えたかったが、王に動揺は見えなかった。ジェニーが彼と初めて出会った頃のような、乾いた冷淡さがはっきりと見える。王に代わって行動するだろうサンジェルマンは、王の背後で辺りを注意深く見回しているが、ジェニーの方へと動き出そうとする兆候はない。
 貴族席の人々は、ジェニーを拘束する男や王をいたずらに刺激することを恐れてか、呼吸さえもはばかって、誰一人としてその場から動こうとしない。ジェニーがどれだけ見つめても、見えるものは何も変わらない。

 ジェニーを押さえる男の腕が震えていた。男の腕を包む濃緑色の服に、黒っぽい染みがある。ジェニーの顎から流れ出た血だ。
 男が剣を構え直し、ジェニーはあらためて男の顔を見る機会に恵まれた。たぶん、初対面だ。艶のある黒髪は肩先まで届き、ジェニーと似た色の瞳を持っている。琥珀色に見える。秀でた額に角ばった顎は意志の強さや頑固さを感じさせるが、瞳が小さめでくぼんでいるためか、今ひとつ、迫力に欠ける顔つきだ。首には縄のような形をした金の首飾りがかかっている。
 男はジェニーをじろじろと見る。
「あんたもあの時にロハンと逃げればよかったんだ。そうすりゃ、目をつけられることもなかったのに」
「ロハン? ロハンって誰?」
 しまった、と男が顔をゆがめ、ジェニーの口を腕で塞いだ。「あんたには関係ない」
 ジェニーは空気を求め、男の腕から逃れようと首を振った。と、貴族席の群集の後部で、揉めているらしき二人の男女、その仲介に入っている男の姿をジェニーは見つけ、目が釘付けとなった。
 仲介役の男は、ユーゴに挨拶にも来た、クレマン家のマルセルだ。女は彼の妻。ジェニーが見ている先で、女が男の顔面に頭突きをした。
「ロ……!?」
 ジェニーの声はあえなく、男の腕の中で失われた。彼に伸ばそうとしたジェニーの腕も。
 女と揉めているのは、地味な衣装に身を包んだ、兄ローリーだ。彼は服装によって印象ががらりと変わるが、彼がどんな服装をしていようと、ジェニーが彼を見分けられなかったことは、一度たりともない。
 彼はこんなところで、いったい何をしているのだろう!
 マルセルの妻に頭突きされ、ローリーは怪我をしたようだ。だが、それでも尚、ローリーは彼女に抵抗を試みたらしく、マルセルの腕に後ろから抱えこまれた。彼女がローリーの口を両手で押さえている。
 ふと、マルセルがジェニーを見下ろし、歪んだ笑顔になったように見えた。


 下の競技場で男たちが走る不規則な足音がして、木が軋むような不快な音が響く。王が暗殺未遂犯の男を示し、吊るせ、とライアンに告げた。
「王よ! では、この女の命はもらい受けてもよいのか? 脅しなどではないぞ! 女の命が絶えてから、後悔することになるぞ!」
「好きにせい」
 王の酷な返答を耳にして、ジェニーは歯を食いしばり、男の腕が首にくい込むにまかせた。
 頭の真上に、真昼の明るい太陽が望めた。太陽を囲むように、その周りを薄い雲が空を覆っている。王の髪色に似た、その眩しい光を受けると、ジェニーはどうしようもなく泣きたくなる。
 古い神話に、ある男が太陽に近づこうとして、蝋で造った翼で空に舞い上がったところ、太陽に近づきすぎて蝋が溶けだし、翼をなくして海に落ちて死んでしまった、という話があるが、ジェニーもまた、太陽に近づきすぎたのだろうか? 日は皆の上に平等に照っているのに、ジェニーが都合よく解釈し、自分だけに約束された光なのだと思い込んでいただけなのか。
“おまえが勝手に窮地に陥ろうと、俺はおまえを助けはせぬぞ”
 数日前、突然に小城にやって来て、唐突にジェニーの剣の相手をした王が言い放った、ジェニーを混乱させた捨て科白。
(――勝手に私が窮地に陥ったから助けない、とでも言うの?)
 それとも、頼りなさげに悲鳴をあげたら、彼の気が変わるとでもいうのか。
 だが、すぐさま、ジェニーはそのばかげた考えを拒絶した。王はさっき、ジェニーに飽きたと言ってのけたのだ。彼の気を引くために悲鳴をあげようなど、どうして考えついたのだろう。
 それからジェニーは、自分自身に腹を立てた。
 いつのまに彼の助けを当てにし、救い出してもらおうと考えるようになってしまったのだろう? いつもいつも、ジェニーは自分で窮地を切り抜けてきたはずだ。今までも――これからも。
 心の側面から血が滴り落ちるのを見て見ない振りをし、ジェニーは涙を必死で堪えた。涙を流したら最後、今立ちあがろうとしているジェニー自身が、足元から崩れそうな気がした。何とかして、無事にこの場を逃れきってしまえるまで、涙を遠ざけておきたかった。泣くのは全てが終わってから、思う存分すればいい。
 この男の手から逃れなければ。
 私はまだ死にたくない。
 それまでは絶対、泣くものか……!
 ジェニーは目をみはり、現状を打破できる何かを求めて、周囲を観察した。ライアンと目が合ったが、彼はジェニーを訝しそうに見返しただけだ。ユーゴはおそらく、ジェニーたちの後方にいる。アリエルは? アリエルはどこにいるのだろう?
 ジェニーを拘束する男は、周りを剣で威嚇しながら、ジェニーを後方に引きずっていった。

 貴族席の前列部分からはすっかり人が消え、上段の席に人々がひしめきあっていた。ユーゴとアリエルは、最前列席の前に並んで立っている。ユーゴは剣を手にはしているが、まるで使う気がないように下に降ろしていた。アリエルは胸の前で大事そうに何かを抱えている。ジェニーにも見覚えがある――それもごく最近、見た記憶がある――当然だ、それはサンジェルマンから返却されたばかりのジェニーの短剣だったから。
 ジェニーは小さな頃から剣に親しんではきたものの、誰かに大怪我をさせたり、人の命を奪ったりし 
た経験は皆無だ。正式に剣を習い始めてから、ジェニーは本物の剣を握ることを実は好まないのだと、実感した。練習だけで満足だ、実践などしたくない。
 だが、ジェニーが傷つけられることを恐れ、誰もがジェニーを助けてくれない。そして、ジェニーの手は、ある程度の自由がきく。
 アリエルが持つ短剣を見つめながら、ジェニーは決意を固める。自分で自分の窮地を救わなければならないなら、ほかに、どんないい方法があるのだろう。
 アリエルがジェニーの思いを察したらしく、短剣をドレスの裾でそっと隠すようにして、ジェニーたちのあとをついてくる。
 二列目の突き当たりにまで行き着くと、男はジェニーを腕に抱えて止まった。
「くだらない考えは捨てることだ」
 男の言葉にジェニーは動揺するが、男はアリエルの隣に立つユーゴの剣を見て言っていた。
「あんたの剣の腕はもっと別の機会に取っておくべきだ、こんな女に使うことはないぞ」
「仮にもベアール家一族の者、私の姪に対して、なんと失礼な! それに、非力な女性を人質にとるなど卑怯だろう! 恥を知れ、恥を!」
「この女は本当に非力か?」
「何だって?」
 男はユーゴを黙らせ、ジェニーの顔をのぞきこんだ。
「あんたの力が肥大化する前に始末しろ、という声もあるんだ」
「私に何の力があるの? 思い違いか、人違いだわ」
 ジェニーは、アリエルが後ろに両手を回すのを見て、短剣が手渡される瞬間への覚悟を決めた。武器を手にした直後にそれを使わなければ、ジェニーの命は無残に散るだろう。行為の正当性に迷ったり、王に見捨てられた身を嘆いたりする猶予はない。

 それはきっと、天の助けだった。
 男の背後でユーゴとアリエルが目配せし合ったとき、身の毛もよだつような女の大きな悲鳴が貴族席中に響いた。男もジェニーも、ユーゴもアリエルも、王やライアンまでもが声のした方向に振り向いた。だが、驚いた男の手がジェニーから浮いた一瞬を、ジェニーもアリエルも見逃さなかった。
 アリエルの手からジェニーの手へ滑るように移ってきた短剣は、最初からそうなる運命だったかのように、男の体を守る上等な絹を切り裂き、脇腹に吸いこまれていった。ジェニーは嘘のように落ち着きはらっていた。ライアンに言葉で教えられたとおりに、柄の部分まで刃が男の体内に埋まるのを待ち、両手でそれを右側にぐるりと回転させる。
 男は喉を踏まれたかのようなあえぎ声をあげ、ジェニーは両手を柄に固定しながらも、地面に腰を素早く落とした。男がうめきながらもジェニーに手を伸ばそうとしたところで、すかさず、ユーゴの剣がそれを遮った。男は吼えるような悲鳴をあげ、ユーゴの剣が奪った手首の断面から、鮮血が溢れ出した。
「ジェニー様!」
 アリエルの腕が背中側から伸びて、ジェニーは地面を転がるようにして彼女の腕を探し求めた。アリエルはジェニーの腕をたぐり寄せると、ジェニーの肩を力いっぱい抱き締めた。
「ああ、ジェニー様! よくぞ、よくぞ、ご無事で……!」
 ジェニーはアリエルの温かな体にしがみついた。今、ジェニーが頼れる存在は、彼女しかいなかった。涙は喉の底まで到達し、感極まって言葉もつむぎ出せなかったが、ジェニーはまだ泣けなかった。
「よくやった。お手柄だ、ジェニー殿!」
 いつのまにか加勢していたライアンが、ユーゴの隣でジェニーに振り返る。
 ライアンに教えられた方法でジェニーが倒した男は、血まみれだった。止まりそうもない勢いで噴き出す真っ赤な血が、川のように座席の足元を流れていく。いくつかの血の支流は、前列の席にまで伝わっていこうとしている。
 ライアンが男の脇にしゃがみ、ため息を漏らすのが聞こえた。
「これは……クレマン家の次男だな」

 ジェニーの両手も生温かい血にまみれていた。短剣の刃を通して戻ってくる重い肉の感触は、ジェニーのその手が今もはっきりと記憶している。さらにはっきりと覚えているのは、男に短剣を向けた際、ジェニーの頭に指示し続けたゴーティス王の声だ。
「ジェニー様、王城に戻りましょう」
 ジェニーが見つめていた手はアリエルの緑色のショールにくるまれた。
「王城へ戻る……?」
「はい」
 ショールを見つめていると、不意にジェニーの目頭が熱くなる。
 王との剣の稽古で、「おまえはもう死んだ」と彼がジェニーを突き放したとき、ジェニーはそこで“死んだ”のだ。彼の中でジェニーは“死んで”しまったのなら、ジェニーが王城にいる意味もないだろう。
「どうして? 私はもう戻る必要がないじゃない」
「そんなことをおっしゃらないでくださいまし」
 ジェニーが目をあげると、アリエルの瞳も濡れていた。
「ひとまずは戻りましょう、ジェニー様。戻って、ゆっくりと湯浴みをなさいませんか?」
 アリエルの優しさがいつものように心に染みない。
 ジェニーが返事をしないでいると、二人の前に男が立ち、二人とも顔を上げた。ライアンだった。
「近衛を付けるゆえ、王城に戻ってはどうだ? ベアール家の者なら安心だろう。今日はユーゴ殿にも滞在してもらえばいい」
「ええっ、ライアン様が滞在許可をくださるんですか? いやー、それは嬉しい。ついでに、王城の特大風呂にも入らせてもらえます?」
 ライアンは顔をしかめたが、ユーゴの頼みを拒みはしなかった。


ネット小説のランキングに参加しています。投票(週1回)いただけると、とっても励みになります♪
 お気に召したらぜひ一票♪にほんブログ村 恋愛小説(純愛)へ 
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL
http://novellovers.blog73.fc2.com/tb.php/147-8fe30bf3

 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。