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3.王城に住む女

2009.09.13  *Edit 

 十五年以上も前のことだ。
 ゴーティスは、馬車の荷台が下り坂を転げ落ち、凄まじい轟音をたてて、脇にあった建物に激突した場面に出くわしたことがある。壁面にぶつかった荷台は、おのれの重みにわずかに抵抗してみせたが、あっという間にたわみ、大破してしまった。その一部始終を目撃していたゴーティスは、自分が実際には傷ついてもいないのに、自分の体が壁面と荷台に挟まれて圧死しそうな気になった。体のあちこちに激痛すら覚えた。
 昼間、後宮でジェニーに会ったときのことを思い出すと、そのときと似た感覚が呼び覚まされる。あなたは私を必要としていない、というジェニーの叫びが、ゴーティスの胸に押し迫る。涙で光るジェニーの瞳に追い詰められて、ゴーティスのたわんだ体は今にも砕け散りそうだ。
 ジェニーがなぜそう口走ったのか、ゴーティスには理解できない。
 ゴーティスは、自分を裏切ったジェニーを再び城に呼び寄せた。王である自分を欺いた彼女は、拷問されたうえに死罪とされても、文句は言えない立場だ。ゴーティスが彼女を生かした、その事実だけでも、自分が彼女を必要としている証明になると思うのだが。
 ゴーティスは、与えられるだけの環境をジェニーに整えている。ジェニーのために城を用意し、彼女の好むように室内をあつらえ、庭園も設計し直した。彼女に敵意を抱くだろう近衛隊や後宮から、彼女を意図的に遠ざけてもいる。ゴーティスが彼女に剣を習わせているのは、彼女にとっての気晴らしでもあるが、ライアンが彼女の指導にあたることで、彼がそれと気づかず、彼女の護衛役を果たすことにもなるからだ。
 ジェニーと会わずにいるときでも、ゴーティスの心の中にはいつも彼女がいる。夫の務めとして妻を抱くとき、ゴーティスが心に想うのはジェニーだ。ゴーティスの生活から、ジェニーが抜け落ちることなど絶対にありえない。寝ても覚めても、ゴーティスが彼女のことを考えない日は、一日とない。
 それでもジェニーは、ゴーティスに必要とされていないと言ったのだ。しかも彼女の叫びは、怒った際の売り言葉に買い言葉というより、胸の内にあった本音だったように聞こえた。ゴーティスの思いのほども知らず、彼女は勝手に思い込んでいる。それがまた、ゴーティスには腹が立つ。
 そして、ジェニーは泣いていた。ゴーティスは彼女の泣き顔をこれまでに何度となく見てきたが、どれもこれも、口惜しさや怒りから生じた涙だったと思っている。
 だが、今回の様子は少し違っていた。彼女は静かに涙を流していた。彼女の挑発的な口調に反して、ほとばしる憤怒やこみあげる口惜しさは、少しも読み取れなかった。
 人の涙を目にして、心に深く突き刺さるような痛みを感じたことは初めてだ。ジェニーの誤解ぶりに怒ってはいても、ゴーティスは彼女に反論できなかった。

 昨夜の晩餐の際、ゴーティスはカサンドラから、彼女の軽率な行動について謝罪を受けた。
 彼に無断でジェニーを後宮に呼んだこと、娘に会わせたこと。娘はそれ以降、母親を恋しがって情緒不安定になってしまっていること。
 カサンドラはひどく恐縮していた。夫の怒りをかったと思い、怯えていたようだ。
 現実に、彼女は女官長から厳しい説教をされたらしい。おそらくは、ジェニーも。ジェニーの方が女官長から手ひどく責められたはずだ。
 ゴーティスの前に立ち、カサンドラは涙を目に浮かべていた。彼女は必死に謝罪の言葉を並べたが、それは夫の機嫌をなおそうとしているとしか、ゴーティスには思えない。同じ涙だというのに、ジェニーのときとは違い、彼女を見ていると苛立ちしか生じてこない。
 実情がどうであれ、正妃のいる後宮で騒ぎを起こしたジェニーは悪者になる。ただでさえ反感をもたれる存在であるのだから、この先、ジェニーへの風当たりが強くなるのは必至だ。カサンドラがその影響をふまえ、ジェニーを意図的に後宮へ招いたかまではゴーティスは知らないが、彼女が謝罪すべき相手はジェニーであって、夫ではない。
 ゴーティスは、それを妻にいちいち説明する気はなかった。また、怒りにまかせて怒鳴ったところで、彼女は怯えきって身を硬くするだけだ。それを目にすれば、ゴーティスの気分はさらに殺伐とする。
 ゴーティスは彼女を一瞥し、「あの娘の母親はおまえだと言ったはずだ」と一言残しただけだった。

 ゴーティスが不機嫌なときに何度も繰り返されてきた状況が、今もひろがる。周囲の者は凍(いて)つくような緊張感をみなぎらせ、彼の機嫌を悪化させるのを恐れて、誰もが彼を腫れ物に触るように扱う。
 昨日の昼間に後宮で起きた騒ぎを、皆は伝え聞いているのだろう。態度に大きな変化がないのは、サンジェルマンぐらいなものだ。
 しかし、ゴーティスは怒っているわけではなかった。自分の気持ちを理解しないジェニーや軽はずみな行動をとった妻への怒りは当然あるが、想定外の騒ぎがジェニーの身に悪影響を及ぼすかもしれない、憂いの方が大きかった。
 朝の執務室にサンジェルマンだけが取り残されたとき、ゴーティスは、またか、とため息をつきそうになった。ゴーティスの機嫌が悪いとき、言いにくい事柄はサンジェルマンが伝える役割を果たすことが多い。
「後宮での騒ぎのことか?」
 ゴーティスは彼に尋ねられる前に、口火を切った。
 そうですね、と、サンジェルマンはさほど驚いた様子も見せず、頷いた。ゴーティスはうんざりしたが、彼を手招きした。
「今朝は早くから予定が入っておる、手短にしろ」
 はい、と彼は返答し、ゴーティスの座る席に歩み寄ってきた。
 いつものごとく、彼の微笑みは諸々の感情をひた隠し、彼が心の底で何を思っているのか、ゴーティスには想像がつかない。
「王、“死に神の楽団”を覚えておいでですか? 以前、ニーナ嬢がジェニーを亡き者にしようとした際に雇った、暗殺者たちの一団です。いえ、正確には、大金を積まれれば殺人もいとわない“冒険者”と呼ばれる者たちの集りです」
 彼らがジェニーの命を狙っているということだろうか。ゴーティスは声をひそめた。
「存在は知っておるが、それが、何だ?」
「彼らは殺しもしますが、基本的に、金を払えば何でもこなすのです。遠方の者に荷を届けたいといえば荷を運びますし、山越えをする旅人の護衛もします。それに見合う報酬さえもらえれば、彼らは長期間ひとつの任務にも就くこともあるのですよ。たとえば、身分を偽って城に住み込む、というのも彼らの仕事としては成り立ちましょう」
 つまり、ジェニーの護衛として彼らを小城に常駐させてはどうか、というサンジェルマンの提案だ。ゴーティスが後宮での騒ぎをきっかけに、ジェニーの身を案じたのと同じように、彼もどうやら同じ心配をしているらしい。
 ゴーティスの心が動いたのは確かだ。だが、まるっきりのよそ者を王城の敷地内に入れることに、ゴーティスにはかなり大きな抵抗感がある。
 そしてもう一つ、ゴーティスが同意しかねる理由は、金で動く暗殺者が、元々の雇い主を上回る金を提示されてジェニーの暗殺を依頼されたら、その時点で、ジェニーの命は消えるに等しいだろうということだ。
 ゴーティスがサンジェルマンを黙って見上げると、ゴーティスの返事を聞く前に、彼は納得したように何度か小さく頷いた。
「彼らを完全に信用できるかといえば、そうとは言い切れません。ただ、そういった選択肢があるのを、覚えておいて下さい。今の環境下ではジェニーは危うい立場におりますゆえ――誰か、彼女も王も信用の置ける人物が側にいれば、状況は変わるのでしょうが……」
 ゴーティスに思い当たるのは、唯一、サンジェルマンだ。だが、仮にも王の側近である彼をジェニーに付ければ、どこまでも特別扱いされる彼女への逆風が吹き荒れ、さらには王の弱みとして、彼女の身がますますつけ狙われるはめになってしまう。
 ――サンジェルマンでないとすれば、ベアール?
 次に頭に浮かんだ人物を、ゴーティスは即座に否定する。ベアールはジェニーの親類で、剣の腕もある。彼はジェニーを守るだろう。
 ただしそれは、ジェニーがベアール家に恩恵をもたらしてくれる存在である限り、だ。今のところ、ベアール家の名は社会的に上がっているかもしれないが、だからといって、王家が彼らに特別な計らいをしたこともなければ、今後も、するつもりはない。それほど頭の悪くないユーゴ・ベアールも、遠からぬ将来、その事実に気がつくだろう。
 あらためて考えれば、ジェニーの周囲に彼女の味方はほとんどいない。

 重い心持ちでゴーティスがサンジェルマンに注意を戻すと、彼がなぜか、心ここにあらずといった様子で壁の一点を見つめていた。
「サンジェルマン?」
 ゴーティスに呼びかけられて、彼は肩を大きく震わせ、瞠目した。
「何だ、心当たりでもあったか?」
「は……あると言えば、あると……」
 彼の歯切れの悪さをゴーティスは怪しむ。
「言いよどむとはおまえらしくもない。誰だ? 俺の知る者か?」
 ゴーティスの前で、サンジェルマンが平常心を取り戻そうと微笑んだが、めずらしく、不自然な笑顔に終わった。
「名まではご存知ないでしょう。以前、城に勤めていた者です。ただし、今、彼女は……」
「その女が今どこにおるかは問題ではない。誰だ? ジェニーも当然、知る者であろうな?」
「は。よく知っておると……たぶん、ジェニーが彼女を覚えていれば、ですが」
 サンジェルマンの奥歯に物が挟まったような話し方に苛立ち、ゴーティスは彼を問い詰めた。
「ジェニーには身近に味方が必要だ。その女は、ジェニーも、おまえも信用できる人物であろうな? 名は何だ?」
 サンジェルマンが王の瞳に屈し、観念したように言った。
「アリエルです」
「アリエル?」
 ゴーティスは、変わった名だ、と口に出そうとして、過去にまったく同じ台詞を言った日のことを、突如思い出した。後宮のサロンにはジェニーとそのアリエルがいて、サロンの壁面を挟み、中庭にはサンジェルマンがいた。そして同時に、ジェニーの逃亡が発覚した当日、ジェニーの裏切りを信じようともしなかった侍女アリエルの、頑なな態度も思い出した。地味だが聡明そうな女だった。
「あの――侍女か」
 サンジェルマンが驚いた瞳を向けた。
「覚えておいでですか?」
「おまえの恋人ではなかったか?」
 ゴーティスの問いに、サンジェルマンが気後れしたように首を振った。
「いいえ、彼女とはそんな間柄ではありません」
 二人の関係が何であろうと、彼らの間に愛情が通い合っていたのは、ゴーティスにも分かっていた。そしてどうやら、それは現在進行形だ。サンジェルマンの頬が赤く染まりつつある。
「ジェニーが去って以来、その女も行方をくらましたようだが、今も生きておるのか」
 二年前、ジェニーを失って帰城したゴーティスは、彼女の当時の侍女だったアリエルにどんな処罰を与えたのか、覚えていない。そもそも、彼女を処罰する命令を下したかどうかも、定かではない。
 その頃のゴーティスには、侍女の処遇がどうなろうと興味はなかった。ジェニーの生死以外、何も気にしていなかった。ゴーティスはジェニーのいない場所を目にするのが辛く、しばらく後宮に寄りつこうともしなかった。彼が後宮を不在とした期間に、女官長がジェニーの部屋の改修に手をつけ、関連した人々を一掃してしまった。次にゴーティスが後宮に訪れたとき、そこに行き来する女たちの顔ぶれが、ずいぶんと様変わりしていた。

 アリエルを責めるつもりでゴーティスは言ったのではないが、サンジェルマンは唇を引き締めた。
「今はアンヴァリッドで――王に祈りを捧げて、日々を過ごしているそうです」
 アンヴァリッドとは、有名な鉱山のある、国境付近の小さな町だ。住民のほとんどはその鉱山で働き、その劣悪な環境で文句も言わずに働く彼らは、隣接した人屋に住む囚人たちだ。ジェニーの逃亡に気づかなかった彼女は、命こそ失わなかったものの、囚人の一人としてそこに収監されたのだ。
「あの侍女はアンヴァリッドにおるのか?」
「はい」
 男でも過酷な労働だろうのに、女が生活できる場であるのだろうか。
 ゴーティスの疑問をかき消すように、サンジェルマンが穏やかに言った。
「重労働に変わりはありませんが、彼女は男たちとまったく同じ仕事をしているのではありません。生きていられるだけで幸せだと、彼女はそう言っているようです」
 あの侍女がジェニーの傍らに付く――。
 ジェニーは喜ぶだろう。ジェニーは彼女を頼り、慕っていた。それはゴーティスの目にも明らかだった。あの侍女には、ジェニーを外敵から守っていける強さがある。
 しかしはたして、当人の侍女は、ジェニーの近くに戻ることを良しとするかどうか。
「されど、その女はジェニーのせいで現在の境遇に身を落としたのだ。ジェニーに恨みを抱いておってもおかしくはない」
 おまえも、と言いかけて、ゴーティスは舌を止めた。不意に、サンジェルマンが持ち出した全ての話が、ジェニーへの壮大な復讐劇のように思えたのだ。彼の恋しい相手を辺境に追いやり、どん底の生活を強いておいて、ジェニーがぬくぬくと幸せな生活を送っているのは、サンジェルマンには許せないに違いない。彼はあの侍女を取り戻し、二人で、もしくはどちらかが一人で、ジェニーに報復する――その可能性は、十分にある。
 サンジェルマンですら疑い、ゴーティスは警戒を強めて彼を見た。
「アリエルは、彼女は、ジェニーの裏切りを信じようとしないのです。ジェニーがならず者に誘拐されたと信じて疑っておりません。彼女は自らの過失で王とジェニーの間を裂いてしまったと、いつまでも自分の非を責め、王とジェニーに詫び続けているのです。彼女がジェニーに恨みを抱いていることは、ありません」
「その女もおまえの前ではいい顔をしたいだろう。口では、何とでも言える」
「彼女はそんな類の人ではありません。それに、今お話したことは私が看守や使いの者から聞いたことで、私が直接に見聞きしたことではありません」
 幾分、反発するような調子でサンジェルマンが返した。
「彼女は、私とは面会もしてくれません。今は使いの者との対面さえ、叶いません。かろうじて手紙だけは受け取るようですが、返事がきたことは今までに一度もありません」
「要は、おまえとの関わりを絶ちたいということか」
 ゴーティスがいささか興奮気味のサンジェルマンを見据えると、彼は焦ったように口を拭った。
「彼女は今や囚われの身でありますゆえ……」
「おまえの名に傷がつくと案じておるのか。なんとも健気な。おまえの方は、女がどんな身分であろうと一向に気にしておらぬというに」
 サンジェルマンが言葉に詰まる。
 ゴーティスは彼の反応のほころびに人間らしさを見て、思わず苦笑した。
「王、私が言いたいのは――」
「サンジェルマン、その元侍女の言動が真実だとして、おまえが女と対面できたとしたら、そのときは女を俺の元に連れて来い。時と場合によっては、その女に特別任務を与えてやらぬでもない」
 サンジェルマンが瞠目した。
「王? 彼女は囚人ですが……よいのですか?」
「特別任務に値する人間であれば、恩赦を与える。だがそれも、おまえが女と対面できてこそだ。あの女はジェニーと同じで、頑固者だったように記憶しておる。そう簡単にはいかぬだろうよ」
「……は!」
 サンジェルマンが破顔し、次に赤面するのを見て、ゴーティスはなぜかジェニーを思い出した。


 その三日後。
 テュデル宮から、サンジェルマンを経由して、ゴーティスの耳に急ぎの知らせが入った。それは表沙汰にはされず、サンジェルマンの判断でジェニーにも知らされなかった。
 その日、ジェニーの夕食を毒見した女が、ひどい痙攣と腹痛を起こして倒れたのだ。彼女は命を取り留めたが、結局、小城に二度と戻ることはなかった。



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