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1.出口のない森

2009.06.21  *Edit 

 モーリスの農園で働くドゥーヴルの息子が、群れを離れた家畜を追う途中、川原をふらふらとさまよう娘を見つけたのは、およそ二年前のことだ。
「こやつが一人でか?」
 フィリップが語り始めてすぐ、王が口をはさんだ。そう聞いております、とフィリップが答えると、王は疑わしそうに、小さく眉をひそめた。だが、王はほかに質問を重ねはしなかった。
「続けろ」
「私の部下モーリスが、記憶を失っている娘を助けたと私に連絡してきました。当時の彼女は粗末な服を身に着けていたそうですが、唯一持っていた水晶細工がそれは素晴らしい物で、彼は、彼女がもしかしたら貴族の令嬢ではないかと考えたようです。それから早速手元に届けられた装飾品を確認したところ、西方の貴族間で流行している意匠が彫り込まれているのが分かりました。それが盗品とも疑いましたが……私はなんとなく、気になったのです。ともかく、試しに一度娘に会ってみることにしました」
 遊戯室は水を打ったように静かだった。いったんは王に反発する態度をとったジェニーも、彼の隣でフィリップの話に耳を傾けている。
「ところが、ちょうどその頃は、父の具合が急激に悪化したときで……。父の代わりを務めねばならなくなった私は多忙となり、モーリスとの約束を一度、反故にしました。その後まもなく父が亡くなったこともあって、私は、モーリスの依頼などすっかり忘れてしまったのです。ですから、実際に彼女に会えたのは、私の周辺が落ち着きを取り戻した頃、彼の依頼があってから数ヶ月も経った時期です。その間、彼女はモーリスのもとで暮らしておりました。
私は当然、ひとりの娘の身元を特定できるなど予想もしていなかった。西方の貴族とて若い娘は何十名もおりますし、私は社交界に積極的に出る方ではありません。会ったことのない者の方が多いくらいですから」
 ここまではジェラールも知っている話だ。
 フィリップが彼を一瞥すると、彼が、緊張とも興奮ともいえるような強張った顔でフィリップを見た。フィリップにも緊張が高まり、彼は胸にためた息を一気に吐いた。
「しかし実際に会ってみると……驚くべきことに、彼女は以前会ったことのある娘でした。一度会っただけでしたが彼女の印象は強烈で、その後も私がずっと再会を願い、再会がかなわずにいた者でした。まさか――ええ、まさか、こんなところで彼女に再会するとは、万に一つも思わなかった。そのときの私の衝撃がおわかりいただけましょうか? それなのに、彼女は……私を全く覚えていなかったのです」
 フィリップがジェニーを見ると、王の瞳もジェニーの方に動いた。
「それで?」
「本当に、彼女の記憶はきれいに欠落していました。彼女は王の名や王城はおろか、自分の名前さえ覚えていませんでした。私は、彼女がいるべき場所は王城だと思っていたので……、王にご報告すべきなのかどうか、彼女の扱いについては、実に迷いました。正直に申し上げれば、私は、処遇に困る彼女に公地内にいてもらいたくはなかった」
 ジェニーがその頃のことを覚えているかどうかは定かではない。彼女は眉を寄せ、何かを考えているようだった。彼女が椅子の肘掛に置いた手を、王の手が上から押さえつけるようにして掴んでいた。

 フィリップが彼女と顔を会わせた頃までには、彼女はマリーという名で呼ばれ、モーリスをはじめ皆によく慕われていた。前妻との悲惨な結婚生活から精神的に回復しきれていなかったモーリスや彼の農園の人々が、目に見えて明るく変わっていた。それが、突然に彼らの土地に出現した彼女の影響でなくて、何だったろう? 
 彼女は記憶を失い、見知らぬ土地にたった一人きりだった。彼女が農園で暮らすことは、彼女と農園の人々の双方にとって、利をもたらしている。彼女も幸せそうだった。さらに言えば、フィリップは彼女に厚い恩義を感じていた。彼女の置かれた立場に何の不都合もないのなら、彼女の当面の生活保障をすることくらい、彼には何の問題もなかった。
「そして、私はふと思いついたのです。王城にいるべき人間が独りでここにいることがあるのかと。行方知れずとなった彼女の捜索が行われるという通達も、噂も、私の耳には入ってきませんでした。――総合的に考えて、彼女は、何らかの理由で王城を去ることとなった身分なのだろう、と私は思ったのです」
 それは、王が彼女に飽きて、後宮を追放したことを意味している。
 フィリップはその考えに何の疑いを持たなかったし、王が結婚を機に後宮に住まう女たちを退去させた時点で、それは立証されたとみなした。
 また、フィリップが彼女の扱いに困っていた期間に、ジェラールが、たまたま彼女と会う機会に恵まれた。彼女の正体を知らないジェラールが、内気な彼にはめずらしく彼女に声を掛けた場面を目撃したとき、フィリップは、彼のためにも、彼女の面倒をみようと心に決めたのだ。
 誰に、何の迷惑がかかろうか? 彼女は今後の長い人生を生き抜いていかねばならない。ジェラールが女性に歩み寄る態度をとったのは良い兆しで、いずれ、もし彼女が彼のもとで日々を過ごす立場になったとしたら、それはそれで、二人にとって幸せなことではないだろうか。ジェニーは安住の地を得て、ジェラールは愛する人を得るのだ。
「彼女はとある貴族の末裔だということにして、モーリスに彼女の当面の世話を命じました。彼は非常に誠実で、信頼のおける人物です。それに、彼の館は本城から離れすぎず――適度に距離があって、私も安心できました。私は、余分な騒ぎや面倒を起こさないようにと、ほんの一握りの者にしか彼女の話はしませんでした。然るべき時期が来るまで、私は何の問題も起こさず、万全の態勢でその日を迎えたかったのです」
 王は、瞬きもせず、フィリップの説明を聞いていた。ジェニーを保護したフィリップの意図を知っても、不機嫌になる様子はなかった。ジェニーが表情をくもらせ、ただならぬ気配を察したジェラールが青ざめるのとは、対照的だ。 

 ヴィヴィエンヌが急速に元気を失くしていた。フィリップは彼女の軽率さを責めたくもあったが、気分屋でも基本的には沈んだ顔を見せない彼女が、不安そうに表情を翳らすのを見るのは、いたたまれなかった。
「家督を継いで以来、私は多忙を極めており、妻の抱える孤独を知りながら、見て見ぬふりをしていました。妻はずっと不安定でした。それゆえ、私のこの計画に妻を巻き込むことは不安で、私は口をつぐむ選択をとったのです。妻の耳に入らぬように気を配っておりましたが……それがまた、いらぬ不信を生んだのかもしれません。ジェラールの為とはいえ、私が面倒をみる彼女に対し、歪んだ感情を持つようになったのでしょう」
 王の態度を見ている限り、フィリップには、王は既に事件の概要を知っているように思えた。
 包み隠さず、王に何もかも告げた方がいい。下手に釈明しない方が身のためだ。
「私は……妻の暴走を止められなかった」
 一方的なヴィヴィエンヌの思い込みで引き起こされた、身勝手で短絡的な事件だ。嫉妬に狂ったヴィヴィエンヌが近衛を動かし、夫の浮気相手とみなしたマリーをモーリス宅で襲撃した。数人の使用人が死んだ。マリーは近衛に連行されたが、隙を見て彼らから逃亡した。そして彼女を追う近衛兵たちは、不運にも、たまたま森にいた王と出くわしてしまったのだ。
 妻が欲求に正直で独占欲が強いことは分かっていたが、まさか、彼女がそこまでの行動を起こそうとは、フィリップは想像もしなかった。夫を責めるのではなく、怒りの矛先が相手に向き、相手を殺そうとまでする。フィリップがのん気で知らないだけかもしれないが、そんな嫉妬の表現をほかの女に見たことがない。何より、男女の情事など貴族社会には溢れかえっていて、ほとんどの夫婦はお互いがお互いに目をつぶっているのではないだろうか。フィリップが――ヴィヴィエンヌは夫が気づくはずがないと見くびっているようだが――彼女の度重なる不貞を容認しているのと同じように。 
「私の至らなさゆえ、王の御身にまで危害を及ぼしかねない事態になりましたことを、心からお詫びいたします。厳罰は覚悟のうえ……王、どうぞ、ご処分を」
 フィリップは王に向けて頭を下げはしたが、それはジェニーに対する謝罪でもあった。今回の件で、彼女には何の落ち度もない。完全な、とばっちりだ。頭を下げる前にジェニーを盗み見たところ、彼女は青ざめ、言葉を失っているように見えた。
 王は何も返さなかった。だが、フィリップは頭を上げようとは思わなかった。彼の怒り心頭の形相も、不敵な笑みも、冷たい嘲笑も、今のフィリップには目にする余裕がない。
(願わくは、ヴィヴィエンヌも王に頭を垂れていてくれたら……)
 ヴィヴィエンヌが動き出す気配はなかった。彼女は誰かに謝罪するという発想に乏しい。ただ、彼女に好意的に見るなら、彼女は単に自分の犯した罪に茫然自失となっていて、そんな気までまわらないだけなのだろう。

 何の反応も示さない王を不安に思い、誰もが息を殺して事の行方を見守っているはずだ。フィリップは、時間ばかりが無駄に過ぎるように思え、下げた頭をいつまでも上げられずにいた。
 やがて、王が膝の上で組んでいた足を降ろし、言った。「おまえは何か……大きな思い違いをしておるな」
「はい?」フィリップは思わず顔を上げた。
「俺は怒ってはおらぬぞ。皆の誤解が解けてよかったではないか」
「……ええ、そうではありますが……?」
 合点のいかないフィリップは、王の妙に晴れ晴れとした表情にさらに矛盾を覚えた。
「俺と出くわした近衛兵の一件は、この娘の世話を長期に渡ってしたことで相殺としてやろう。俺はある理由から……この娘を密かに捜しておったのだ。今日までの間、ほんの一つの手がかりも掴めずにおったのが、いきなり、こうして生き会えたのだ。この公地内で発見されておらねば、こやつは生きてこの場におらなかっただろう。……俺は逆に、おまえに感謝すべきであろうよ」
 フィリップよりも大きな当惑を顔に映し出し、ジェニーが王を見上げた。
「ゴーティス王――」
「俺は、“余興”と最初に言うたはずだ」
 ジェニーの硬い声をさえぎり、王が彼女の手を肘掛に押さえつけた。
「今日より、この娘の身は俺が引き受ける」



 小城での最後の夜、ついに朝まで熟睡できなかったカサンドラは、気だるい体を無理に起こし、寝台から降り立った。広い寝室はがらんとしていて、彼女を包む空気までが寒々としている。
(私は妃なのに、どうして……なぜ、一緒にいてくださらないの?)
 カサンドラの予想どおり、夫である王は昨夜も部屋に戻ってこなかった。二夜連続だ。
 彼と共に夜を過ごしていたらしいラニス公たちは、深夜前には各部屋へ戻っていったのをカサンドラは知っている。使用人たちが彼らを連れて通路を歩く気配で、眠りの浅かった彼女は何回か目を覚ましたのだ。彼女は物音を耳にするたび、部屋の扉が開いて王が姿を現すだろうと期待して、寝台から飛び起きては扉を見つめた。それは夜中に何度か繰り返された。しかし今の今まで、結局、扉が開けられることは一度もなかった。
 召使を呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばしかけ、カサンドラは深いため息に襲われた。昨日の夕方に王が娘を連れ立って帰宅した件は、侍女から聞いた。
 新婚の妻と来た旅先で、妻の居る城に女を連れ込むなど、そんな夫がいるだろうか?
 王の怒りを恐れて誰もが口を閉ざすため、連行された娘がどんな風体なのかはわからない。でも王が連れてくるなら、若い娘に決まっている。 
 おとといの夜、小城で唯一の若い給仕女が、晩餐後から朝まで行方をくらました。同じ夜、王は晩餐後に移動した遊戯室へ、彼女に酒を運ばせている。王もカサンドラの待つ寝室には帰ってこなかった。カサンドラの侍女が、今日の王の外出を待って、給仕女を城の外へと追い出した。
 王が娘を連れてきたのは、それを見越した行動だろう。あの王は、どこまで女好きなのだ。こんな田舎のどこをどう探せば、若い娘など見つけてこられるのか。
(そこまでして……王は妻である私と一緒にいたくないということ? 私は……王には若すぎるの?)
 カサンドラの息に嗚咽が混じり、彼女は震える足を何とか交互に引きずって、一人で寝るには広すぎる寝台に戻った。寝不足のために体が冷えているが、心の方がもっと寒がっている。
 カサンドラを心配した衛兵ジルが、娘がいるという北の塔に様子を見に行ってくれたが、ついに会えずじまいだったそうだ。王によると、その娘はラニス公たちのために連れてきたとのこと。でも、“案ずることはない”という王の言葉を、どうしてそのとおりに信じられよう?
 なぜ、ラニス公たちとの語らいの場に、妃の自分を呼んでくれなかったのだろう? 皆の前でその娘を見れば、カサンドラの胸がこんなにも不安になることはなかっただろうに。
 
 結婚後半年にして早くも、カサンドラには、夫ゴーティス王に対する不信とあきらめの気持ちが芽生えてきていた。カサンドラの故郷からついてきた侍女二人も、王の浮気性には腹を立ててはいるが、男はそんなものだ、とどこか納得しているようで、王やヴィレールの側近たちに文句を言う気まではないようだ。カサンドラにしても、本国の兄に彼の不貞を報告するつもりはない。知らせたところで、正妃としての座があるのだからそれでいいだろう、と一笑に付されるに決まっている。妻のつまらぬ権利を持ち出して、二国間の関係を危うくさせるな、とでも諭されるかもしれない。兄は頼りにならないし、カサンドラ本人も、政略結婚の実情をあちこちで耳にするにつけ、結婚とはこういうものなのだ、と自分自身をなだめすかす毎日だ。
 ただ、カサンドラはこの半年間の王の態度を振り返ってみて、疑問に感じることがある。
 侍女にも告げていないことだが、王と彼女との接触は嘘のように少ない。王は、たとえ寝所を共にしたとしても、彼女に触れずに休んでしまうことの方が多いのだ。正妃には世継ぎを産んでもらいたいはずなのに、王は、まるでそのことに興味がないようにみえる。
 カサンドラには納得がいかない。ほかの女と数多く接していたとしても、仮にも王であるなら、世継ぎ問題には力を入れるはずではないだろうか。
(……もしかして、そんなに――そんなにも、私のことが嫌い……?)
 カサンドラは溢れてきた涙を拭った。
 女の存在のことは、まだ我慢できた。王が別の女といるのを見たり誰かから聞いたりすれば、カサンドラもその都度傷ついたが、回数をこなせば、そのうちに慣れてしまえるように思えなくもない。結婚とはそんなものだと、割り切ってしまえる日がくるかもしれない。
(でも、王を思うこの気持ちがどこかに消えてくれるかどうか……)
 カサンドラは、初めて王に対面した時の衝撃と胸の高鳴りを思い出していた。カサンドラが初めて間近で見た王は、神々しく、たくましく、あまりに美しかった。人々の噂で聞いていた恐ろしさを、カサンドラは一瞬にして忘れてしまった。冷血だと聞かされていたが、彼の笑顔は輝くほどに明るく、触れた指先はとても温かかった。彼の手に握られたカサンドラの手は感覚をなくし、彼の手と一体化しているような錯覚さえ覚えた。その夜、彼が隣に寝ていた寝台は、とてもせまく感じられた。
 王が振り向いてくれることより、自分の感情が消える日を待ちわびながら、どれだけ孤独な夜を送ればいいのだろう? 王が自分を見てくれることを夢見て、今までの毎日はむなしく過ぎている。食事のとき以外、顔を見ない日もある。どこかですれ違っても、彼がカサンドラに優しく笑いかけてくることはない。王が何かの用事で女官長と話をしていたのを見かけ、彼女の代わりにその場に立ちたいと、カサンドラはどんなに焦がれたことか。 
 カサンドラは、ゴーティスに会ったその日から、彼に恋してしまっていた。



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