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1.出口のない森

2009.05.24  *Edit 

 落馬した近衛兵の顔は血だらけだった。馬で駆けるときに枝をよけきれず、顔面に直撃させたらしい。その上、落馬した際に足を骨折したらしく、男は大声をあげて痛がっていた。
 戦場ではもっと醜い人間の有様を見てきたが、久しぶりに見る血は、ゴーティスの胃の奥をひきつらせた。胃に食物を入れてからは数時間がたっているのに、消化不良の固形物が逆流しそうだ。一度に多くの感情を交差させたせいで、胃も打撃を受け、弱ってしまったのか。手足の先端から疲労が抜けない。
 森小屋が、ゴーティスの歩幅ほどの清流を流れに沿って歩いた先に建っていた。丸太で組まれた四角形の小さな小屋の前には、冬でもないのに薪が大量に積まれ、木の台に斧が放置されていた。小屋に向かって右手には、形ばかりの馬小屋がある。その手前には馬をつなぐ場所があり、栗毛と黒毛の馬が一頭ずつ繋がれていた。静かに水を飲んでいた二頭はゴーティスたちの姿をみとめ、甘えたように小さく鼻を鳴らす。
 ゴーティスは馬留めの柱に体を傾け、水筒の水を飲んだ。乗馬しているときよりも格段に気分はよかったが、胃痛の波が定期的に彼を襲う。視界があやふやに揺れる。時間が、のろのろと過ぎる。
「森番は留守のようです」彼のもとに帰ってきた案内人が言った。「でも、小屋には入れます。どうぞ、こちらに」
 ゴーティスは体を浮かし、男の後ろに続いた。一度何かに預けた体からは力が萎え、一歩踏み出すごと、体から気力が流れ落ちる。馬上の負傷した近衛兵は、少し前まで罵倒するように声をあげ続けていたが、今は呻き声しか漏れてこない。息づかいが荒くなっている。それを見ると、せっかく静まってきた不快な痛みが呼び戻されてしまいそうだ。

 小屋の室内に入るなり、ゴーティスは最初に目についた椅子に重い体を降ろした。椅子に腰掛けると、体の重量がさらに増したかのように、下に沈んでいく。
「すぐに休憩場所を用意しますので、少々お待ちを!」
 護衛たちは、負傷した男を数人がかりで小屋に運び入れていた。まだ痛みの残る腹を押さえてゴーティスが顔を上げると、ちょうど対面で、案内人の男が壁面についた扉を勢いよく開けるところだった。扉の奥にはもう一つ部屋があるらしく、男の足の間から床が見える。
 ところが、男はその部屋に入っていかなかった。扉を手で押さえ、頭をやや左に傾けて、動きを止めている。それから、今度は、開けたときとは逆に音をたてないように扉を静かに引いて、そっと閉めた。その行為は、ゴーティスの気を引いた。
「おまえ」
 振り返った男は、ゴーティスに動揺を見せた。
「今のはなんだ? その扉の奥に、何かあるのか?」
「え? ……いえ、ここは――」
 ますます不審な反応だ。ゴーティスは立ち上がった。
「森番がおるのか? そこは何だ?」
「あ、いえ、森番はおりません。この奥は彼の寝室になっておりまして。その……女が一人、眠っているのです」
「女が? ここに一人でか?」
 こんな森の中で女と出会うとはめずらしい。
 昨夜ゴーティスの相手となった若い召使女は、カサンドラの侍女が今夜までに小城からたたき出してしまうだろう。そうなると、滞在期間の残り三日、ゴーティスが相手にできる女は誰もいなくなる。
「若い娘か?」
「眠っているのでよくは見ていませんが……若いようには見えました」
 ゴーティスの食指が少し動いた。「そうか」
 ゴーティスが腹痛も忘れ、一歩踏み出すと、男がなぜかほっとしたように道を譲る。
「森番の妻ではないのか?」
「いいえ。彼は独身です」
 案内人の男が答えた。といっても、この答えがゴーティスの行動に影響を与えることはない。彼にとっての女は、彼が気に入るか気に入らないかのどちらかの種類しかない。
 ゴーティスは寝室への扉に手をかけようとしていた。もちろん、案内人の男には何の異存もないだろう。
「では、森番の女に挨拶でもしてこよう。森番が来たら、そう引き止めておけ」
「はい」
 男の返事を聞き届ける前に、彼はもう扉の奥に消えていた。

  ◇  ◇

 ここ数日間、フィリップの毎日は緊張の連続だ。はてしなく、疲れている。ジェラールではないが、マリーの顔を見て、ほっと一息つきたい。
 昨夜遅くに、近衛隊隊長から、「この人手不足の折、第三部隊にだけ単独行動を許可するのはどうかと思う」と愚痴めいた小言を言われた。隊長から苦言を呈されるのは、これが二度目だ。フィリップ自身、彼の特別対応が近衛の規律を乱しているのは、重々承知している。分かってはいるが、目先の利益だけを考え、あえて、その矛盾に見て見ぬふりをしているのだ。
 その第三部隊が護衛するヴィヴィエンヌは、昨夜からへそを曲げていた。フィリップは彼女の子どもっぽさを可愛いと思うことが時々あるが、今回は、ほとほと呆れはてた。開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだ。彼女が不機嫌なのは、昨日の晩餐の際、ゴーティス王が彼女ではなく、給仕の女に興味を示すのを見たことにある。王は、当然といえば当然のはずだが、ヴィヴィエンヌを誘うことはなかった。フィリップたちは、晩餐後に早々に帰された。もう少し残って、心ゆくまでお二人と語りたかった、とヴィヴィエンヌは殊勝なことを言っていたが、本心では、王に相手にされず、召使の女に負けたことが相当に口惜しかったらしい。
 昼過ぎの今になっても彼女が姿を見せないのは、たぶん、叔母たちと未明まで宴を繰り広げ、憂さ晴らしをしたからだ。彼女の夫は、朝から晩まで王夫妻の護衛から彼らの遊興問題に気を配って、くたくたになっているというのに。
 そこへきて、よりによってこの時期に、“ドゥーヴル問題”とは。
 使者の顔色を見れば、良い知らせでないことは想像がつく。
 だが、不幸中の幸いだった。モーリスの身辺に興味を示しすぎる妻は、今も顔を見せない。頭痛の種である彼女の遊び癖も、たまには役に立つときもあるのだ。彼女に、モーリスの使者が来ていると知られずに済む。

「一体、何事だ?」
 フィリップの声に疲れがにじむ。使者の男は素早く頭を下げた。
「は、お手間をとらせて申し訳ありません。モーリス様より急ぎの知らせを申し上げます!」
 フィリップは彼の面を上げさせた。またもや、面倒を背負い込むのだ。普段は決してそんなことをしないが、疲れ過ぎて、椅子に横たえた体を起こす気もしない。
「一刻を争う事態でございます! 本日朝、ラニス公の名を語る使者三名が我が主人宅を訪問し、マリー様の御身を即日引き受ける旨を申しつけられました!」
「……何だって?」
 思わず体を浮かせた彼に気づかず、使者は続けた。
「使者は近衛隊の制服を着用し、正規の紋章をつけていましたが、初めて拝見する面々でした。ただ早急にマリー様の身を引き渡すように要求されましたのを、主人が怪しみまして、マリー様ではなく、身代わりの者を引き渡した次第にございます!」
 何だって。
 男が口上を言い終わったとき、フィリップはしばし茫然とした。使者はもちろん、ふざけてはいない。
 頭が混乱した。頭の中を、男の言葉がぐるぐると飛びまわる。
(近衛隊の紋章をつけた使者? それがなぜ、私の名を語り……?)
 思考がふと立ち止まり、フィリップは眉間を指でつまんで、独り言のようにつぶやいた。
「……私は……そのような使者など出していない」
 たった一人の女を略奪しようと、仮にも王族の端くれである彼の名を語るなど、大胆不敵すぎる行為だ。卑劣すぎる。マリーの愛くるしい笑顔を踏み潰そうなど、誰が、何のために?
 フィリップの頭が冷静になるにつれ、大きな怒りがぞくぞくと生まれてきた。
「私の名を語ろうとは……誰が、そのような大それたことを!」
「はい……!」
「ああ、モーリスの機転には何と助けられたことか! では、少なくとも今はまだ、彼女は無事でいるということか!」
「はい。それでも、その偽者どもがいつ引き返してくるとも限りません」
 フィリップは同意した。
「そのとおりだ。すぐにでも、彼女を別の安全な場所に移さねばなるまいな」
「はい。宅は使用人たちで護衛させておりますが、農夫である私どもは武器の扱いには慣れてはおりません。何卒、ラニス公の早急なご支援をお願いしたいのです!」
「当然だ、承知した。では、私の信用する近衛隊員を、おまえと一緒にモーリス宅に向かわせることにする。これはモーリスもよく知った屈強な衛兵たちだ。彼女を、リノンに一時的に移すとしよう。その後の場所は、今後あらためてモーリスに連絡する」
「はい、了解しました!」

 使者をその場に待機させ、フィリップは近衛兵たちを呼び寄せて手短に要点だけを説明した。彼らはフィリップと一緒に複数回モーリス宅を訪問したことがあり、マリーの顔も知っている。使命を受け、近衛兵たちは使者と一緒に早々に旅立っていった。その後、別の側近を身近に呼びつけ、フィリップはリノン宛に使者を出す手はずを整えた。
 全ては、フィリップの周囲の人々に疑いを持たせないうちに――とりわけ、ヴィヴィエンヌに気づかれないように心を砕いて――滞りなく、執り行われた。“ドゥーヴル問題”は、フィリップの計画が結実するその日まで、隠密に推し進めなければならない。
 しかし、その“日”は、本当にやってくるのか。
 その日がやってくることを、本当に望んでいるのだろうか?
 フィリップは目を閉じながら、自分の頭の中に、弟ジェラールやマリー、そして妻の姿が、現れては消えるのにまかせた。マリーと最初に会った日、モーリス宅の厨房で、彼女が笑いながら自分に振り返ったときに受けた衝撃。ジェラールが誰の力も借りずに一人で彼女に話しかけたときの、楽しそうな顔。宴の席で、ゴーティス王をちらちらと盗み見ていた妻の横顔は、彼の中に強烈な記憶となって刻まれている。
 淡い後悔が押し寄せてきて、フィリップは思わず目を開いた。
 周囲に誠実でいようとし続けてきたフィリップは、何かが自分たち夫婦の歯車を狂わせ出したことに、少し前から気づいていた。それに目を留める直接のきっかけとなったのは、フィリップは、マリーの存在だと思っている。
 マリーのことは好きだ。彼女に対して、好意的な感情を抱いていることは否めない。彼女といると、心が癒される。
 けれども、それは決して恋愛感情ではない。周囲がどう思おうが、フィリップは、彼女と男女の関係に発展することなど望んではいない。彼女は、弟のためだけに取り置いているのだ。
 ――この一件には、妻が関わっている。
 フィリップは自分を奮い立たせ、椅子から跳ね起きた。
 フィリップに呼ばれた使用人が彼の前に現れた。うやうやしく頭を下げて彼の前に立つ男を見て、フィリップは舌先まで出かかった言葉を何度も飲み込んだ。自分の身から出た錆ともいえる、悔しさが消えない。自分のとる行動が正当だと承知していながら、彼は躊躇した。一度口にしてしまえば、取り返しがつかない。醜い嵐が吹き荒れるだろう。言いたくない。言わずにすめば、どんなにいいことか……。
 なかなか指示を与えられないことで、男が不可解そうに頭を少し上げた。
「……近衛隊隊長を呼んでくれ」

  ◇  ◇

 森はいつまでも終わらない。
 これが夢ならば、と仮定することはもはや無駄だ。彼女を窮地から助け出す救世主がどこかからふってわき、男たちを蹴散らしてくれる――。そんな有りもしない望みをかけることは、この際、意味がない。振り返れば、彼女が直面する今の恐怖が、息せききって追いかけてくる。恐ろしさに打ち震えて泣き出すほど、マリーの状況に余裕はない。
「速く! もっと速く走って! もっと急いで……!」
 マリーの切実な訴えに応え、彼女を背に乗せた馬が森を疾走する。マリーは前かがみになって腰を浮かせ、狂ったように手綱をふり続ける。
 彼女の馬は、とびきり足が速い。
 マリーは素早く頭を後ろに向け、さっきよりは小さくなった追っ手の姿を確認した。追っ手は男二人だ。当初は三人だったが、この大きな森に入ってすぐ、マリーが短剣で切りつけた際にその男は落馬し、それ以降、その姿を見ていない。
 マリーは馬を操り、霧の隙間に現れた脇道にそれた。数メートル先の道が見えない。霧雨と霧が混ざり合い、白濁した空気がいっそう濃くなってマリーの視界をはばむ。既に、いや、最初から、自分の向かう方角はわからない。
 視界が悪いせいで、過ぎ行く風景がどれも同じに見える。もしかしたら、同じ地帯をぐるぐるとまわっているだけかもしれない。恐怖と焦りが増す。道は森の出口に通じているのか、奥に向かっているのか。そんなことは知らないし、知らない以上、考えてみても仕方がない。 
 ここは、マリーも初めて足を踏み入れた場所だ。
 深い森だった。少なくとも、マリーが入口に差し掛かったときには、そう見えた。直線距離では農園と近いのだが、その中間に大きな畑が広がるせいで、かなりの回り道をしてやっとたどり着く。乱暴で変わり者と評判の森番がいるそうで、農園の女たちは森に寄りつかない。マリーもそうだった。
 濃霧に手を焼いているのか、追っ手の気配が遠のいていく。
 どうして彼らに追われるのだろう?
 何十回も自問いした質問だ。その答えは、マリーも、モーリスにも心当たりがない。
  
“必ず彼らを振り切って、ここに戻ってきます”
 マリーが、今は追っ手となった男たちとモーリス宅を去るとき、彼と彼女自身の心に誓った言葉だ。
 彼女を見送るモーリスの目に涙がにじんでいた。青緑色の制服に包まれた男たちは、モーリスの背中に刺々しい視線を投げていた。彼女を最も気にかけてくれたドゥーヴル夫妻が、執事や他の女たちに腕を押さえられ、泣き声をひそめてマリーを見つめていた。
 玄関脇の花壇には、男たちに絶命させられた下男の死体がうつぶせに転がっていた。男たちが手を下したのは、下男一人だけではない。マリーやモーリスを守ろうと、農夫たち二人が彼らの剣の犠牲となった。マリーがモーリスの隙をついて、外に飛び出さなければ、犠牲者はもっと増えただろう。男たちが引き返してきたとき、一緒についていったはずのマリアンヌたちの姿はなかった。マリーの身代わりとして連行された彼女と付き添いの下男も、農夫たちと同じ運命をたどったはずだ。
 人間の命を軽々しく扱うあの男たちに追いつかれれば、マリーの身などひとたまりもない。温情とは縁遠い男たちだ。怒り狂った彼らに手ひどい傷を負わされた後、むごたらしく殺されるに決まっている。その前に、男たちは彼女を陵辱するかもしれない。
 死にたくない。
 捕獲されたときをあれこれと想像すると、どうしても生き抜きたい、と切実に感じる。殺される理由さえわからないまま、こんなところで命を落としたくない。絶対、死にたくない。彼らから逃げ切り、館の前で見送ってくれた面々と笑顔の再会を果たしたい。
(私は、必ず生きて帰る……!)
 それまで心の大部分を占めていた恐怖がうすれ、固い決意と逆転する。
 マリーには、モーリス宅に戻るべき理由がある。



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