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8.遠のく瞳

2009.04.15  *Edit 

 歩みの遅れより人目につかない方を優先し、ジェニーとケインは馬を捨てた。
 二人はさらに隣の山に渡り、乱立する木立の間に身を隠すようにして進んでは、茂みがあればその陰に移動し、周囲の様子をうかがって、危険がないと確認できるとまた歩いた。
 山は通常の営みをしている。小鳥たちは楽しそうに声高に歌い、風はそよそよと木の葉を優しく揺らし、吹き抜けていく。ジェニーは突然の小動物の出現に何回か肝を冷やしたが、それは近くに侵入者がいないことを表しているようなものだ。
 ケインはそれまでにもまして耳に神経を集中させているようで、ジェニーとは必要以上に口をきかなかった。二人には短剣一本しか武器がなく、戦いに秀でた近衛兵に見つかったら最後、二人の命はないと同じだ。今のところ、ケインが麓で見たという近衛隊の接近は感じられなかったが、見えない敵に怯える時間が二人の神経をすりきらせている。
 こんな移動の仕方を続けていたら、体力より先に精神が尽き果ててしまう。
 ジェニーは、二人の精神が消耗されてしまう前に人知れず国境を越えるか、姿を隠してくれる夜が早く来て欲しかった。

 二人は何度目かに茂みの陰で腰をおろし、ジェニーは首筋にかいた汗を手で拭って、少しでも心穏やかになれるようにと深呼吸をした。ひと呼吸ごと、心臓の音が速度を落としていく。隣で膝を抱えるケインの視線は、木立の奥に固定されたままだ。
「……大丈夫?」
 つぶやくようにケインが言い、ジェニーに振り返った。その顔色は真っ青で、唇に血の気がない。
「少し疲れたけど平気。それより、あなたこそ大丈夫? 顔色がすごく悪いわ」
 ケインは唇を押し上げて笑ったが、そのひきつった笑顔はとても大丈夫な様子には見えなかった。まだ具合が回復していないのだ。
 ジェニーが彼の額に触れようと手を伸ばすと、彼はそれをよけ、少しむっとしたように口をとがらせて「心配いらない」と囁くように言った。それから、進行方向に目を移す。
 ジェニーは左右を見渡し、二人のたどってきた後方をそっと振り返った。遠くの物音も聞き分けようと耳をすましたが、草木が風にそよいでいるだけだ。日は真上から少しだけ西に動き、明るく地上を照らしている。ジェニーの視界にある全てが自然で、不自然なのは、むしろ二人の存在の方だ。
 ジェニーはふと、王軍は本当に自分たちを追って山に入っているのだろうか、と疑問に感じた。
 国境付近で二人が出てくるのを待ち構えているだけではないか? ケインが、国境警備隊か何かを王軍と見間違えた可能性だってある。それに……あとどれぐらい歩けば国境なんだろう?
「――ここをまっすぐに行って、主道を越えて下っていくと、川に突き当たる。川の向こう側が国境だよ」
 ジェニーの心を読んだかのように、ケインが不意に言った。彼はまだ、前方にぼんやりと目を向けたままだ。
「じゃあ、もう少しで国境なのね?」
 ケインは小さく首を振った。横顔が、なんだかとても疲れている。
「ねえ、ジェニー」
「うん?」
「ここからは……別々に行こう」
 ジェニーがはっとして息を飲むと、ケインがジェニーを見て弱々しく微笑んだ。
「私はここで少し休憩していくから、先に行って。きみは一人でも大丈夫だよね? 私もすぐに追いつくから、国境の向こうで再会しよう」
 ジェニーはケインの色素を失った唇を見た。
 彼をここに置いていけ、と?
「だめよ、そんなの」
 彼が、肩で大きく息をつく。
「なにもここでお別れっていうんじゃない。別々に国境を越えるだけだよ?」
「……いや」
「ジェニー」
「いやよ! それなら、休憩してから二人で一緒に行くわ! 国境を目前にしてあなたひとりを残していくなんて、できるわけがないじゃない!」
「ジェニー、静かに」
 ケインが目を細めてジェニーを見つめ、その両手首をつかんだ。手首にまわる彼の指が冷たい。
「ケイン、具合が悪いなら――」
「ジェニー、言い争ってる時間はないんだ」
 そう告げたケインの顔はとても寂しそうだ。彼が冷たい指に力をいれ、ジェニーの手首を握る。
 彼の瞳の奥をじっと見つめているうち、ジェニーは愕然とした。彼がもうずいぶんと前から追っ手の接近に気づいていたのだ、と悟って息が止まりそうになる。ジェニーがまったく勘付かなかった敵の気配に気づきながら、おそらくはジェニーを怯えさせないように、彼はここまで黙っていたのだ。
 ジェニーが自分の至らなさや追いつかれる口惜しさに思わずあえぐと、ケインがジェニーの額に唇を置いた。彼の唇も、肌にあたる頬も冷たい。唇を離すとき、彼は、大丈夫、とジェニーに囁いた。
「……あなたを置いてはいかない」
 ジェニーがそう言うのを、ケインは頷いて聞いていた。しかし、一緒に行くつもりがないのは明らかだ。ジェニーはケインの手を引き、自分の温かな手の中でそれを握り締める。
「早く行って、ジェニー」ケインがその手を押し戻して言った。「もうまもなく、追っ手が二、三人やってくる。このまま川まで走っていくんだ。きみ一人なら……きみなら、たとえ見つかったとしても、王は命まで奪いはしないだろうから」
  あの王が、直下の女に鼻を明かされたままでいられるとは到底思えない。ケインが見た王軍は、ジェニーに対しての、王の報復心の表れではないだろうか。
「一緒に来て。それに……あの王は私に相当に腹を立ててるはずよ、殺されるに決まってるわ」
 ジェニーはケインの手を引いて起き上がらせようとしたが、ケインは首を振り、その手をふりほどこうとした。
「行って」
「早く立って」
「行くんだ」
「ケイン、立って! こんなところで殺されたいの!」
 ケインが上目使いにジェニーを責めるように見上げ、言った。
「きみは……殺されないよ。だって、王は、前にもきみを殺さなかったじゃないか」
 ジェニーは彼にあっけにとられるとともに、ゴーティス王を彼の顔に重ねて思い出した。黄色のかった彼の瞳に、王の濃い緑色の瞳の光がきらめく。でも、王は、もう既に過去の存在なはずだ。
「……あのときとは事情がちがうわ」
 ケインにそう答えると、“狩りの館”で殺されかかったときの王の囁き声がジェニーの耳によみがえり、王城の屋上での彼の言葉ひとつひとつが、あのときと同じ調子で甘い熱を持って語られていたことに気づく。
 そうすると、一刻を争うこんな場にいるのに、ジェニーは屋上のあの場に戻って、彼の肌を背中に感じているような気がした。彼と触れた背中から、心臓の鼓動が聞こえる。離れたいのに、離れると不安に思える。ジェニーには、今いるこの現実の方が夢の中のようだった。 
「早く行って、ジェニー」
 半ばあきらめたようなケインの口調にはっとし、ジェニーは彼に反発して言い放った。
「ケイン、早くして! むちゃだってことはわかってるわ、でも、ここで死ぬわけにはいかないの! 追っ手がとりあえずは二、三人なら、なんとか逃げ切れるかもしれないでしょう!」
「相手は武装した近衛兵だ、私たちが――」
「来て!」
 ジェニーは両手に渾身の力を込め、彼の腕を引っぱった。彼が体勢をくずして地面に転がりそうになって、ジェニーを呆れたように見上げる。
「なんて頑固なんだ、きみは」
「ここまで来て、あきらめたくないだけよ」
  ジェニーがケインを見つめていると、彼は大きく息をつき、それから、地面に手をついてジェニーの前に起き上がった。ジェニーがなおも彼を見つめていると、彼は服に付いた土を払いながら、ジェニーに言った。
「追いつかれたら、二人とも殺されるよ」
「追いつかれる前に、逃げ切るの」
  ジェニーは勇気を振り起こして、笑った。
「国境を越えたら休めるわ、ケイン」
  ケインがジェニーの手を取った。同意の印というように、その手を力強く握る。
 ジェニーは追っ手の迫る後方に振り返り、その姿がまだ見えないことを確認して前を見た。斜面の向こうには自由な未来へと続く道。川を渡って国境を越えてしまえば、ゴーティス王の影響力がない土地だ。
 二人はやっと、再び道を進み始めた。最初は歩き、そのうちに早足になり、周囲を気にしながら駆け出した。ジェニーの手に触れるケインの手は、まだそれほど温かくない。

 斜面を降りていくと水の流れる音が聞こえてきた。ジェニーが予想していたより大きな音で、木々の合間からは白いきらめきがのぞいている。ジェニーはケインをちらりと見てみたが、彼は硬い表情で行く手を見つめているだけだ。
 追っ手はまだ来ていないが、ケインが力尽きる前に、どうしても川を渡りたい。
 二人は山肌から主道に降り立った。主道からさらに山肌を下ると川岸に行き着く。坂道の上下に目をこらしてみるが、誰の姿も見えない。ジェニーが下を眺めてみると、二人の目指す川が見えた。川幅はおよそ二十メートルだろうか、だが、深さがありそうだ。川の水が茶色く濁っているのは、雨で増水したからだろう。
 ケインがジェニーの手を一度放し、今度は腕を取った。ジェニーがケインに振り向くと、彼は緊張をたたえた顔でジェニーをじっと見つめている。
 ジェニーは、自分の心臓の音を意識した。胸の高さから、音を放つ位置がどんどん上にのぼって、そして、それは胸騒ぎのような切なさに変わっていく。鼓動と連動して、お腹も熱く波打っていることをジェニーは意識する。ただ、痛みや不快感とは少し違う。
 お腹に手をまわし、ジェニーは左右と前後、天に向けて伸びていく木々の上にのぞく空を見た。
 ジェニーの胸を打つ鼓動は、緊張と不安からのものだけではない。
 ゴーティス王が、近くに来ている。

  ゴーティスはラニス公領地の国境にいた。ジェニーの故郷や他の国境線の選択は、ゴーティスの眼中にはなかった。ケインと一緒であれば国境を越えるほかなく、彼はこの周辺の地理に通じていて、この地の延長線上にはジェニーの親類が住む地方がある。
 ゴーティスが追跡班に途中合流したことは、領地を治めるラニス公にも、隊全体にも知らされなかった。ライアンは、最初こそ身の危険を案じて反対を唱えたが、ゴーティスの決意の固さを知ると何も言わなくなった。ゴーティスを迎えた一部の近衛兵たちも、何も言わない。
 手の内から逃げた女を追うことで彼らのいい笑い者になっているだろうことを想像しながら、ゴーティスはその屈辱を舐めてでも、ジェニーとケインを自らの手で捕まえ、亡き者にすることを優先した。逃亡する直前に心を開いた素振りを見せたジェニーと、ゴーティスが好きな者を目の前からいつでも簡単に奪っていくケインが、許せなかった。
 馬上のゴーティスは、川岸に迫る国境の川の流れを見るでもなく見ていた。昨夜か今朝に上流では雨が降ったらしく、水位を増し、濁った川の水が小枝や枯葉を押し流していく。流れは一見ゆるやかに見えるが、実際は見た目よりずっと急流のはずだ。川を挟んで向こう側には、なだらかな平野が一面に広がっている。その開けた広野を切り裂くように、馬のひづめの音が響き渡った。
「女がいました!」
 ゴーティスは川面から顔を上げた。振り返ると、ライアンの正面に馬が一頭、走り寄ってきていた。王、とライアンに呼びかけられるまでもなく、ゴーティスは知らせを持ってきた近衛の男の元へ馬を近づける。
「どこだ」
「この上の道にいます! ちょうど今追い詰めているところですので、直に捕獲できるかと……!」
「案内しろ」
 ゴーティスが馬首を山に入る道に向けると、男が助けを求めるようにライアンに振り返った。ゴーティスはライアンから制止されるかと思ったが、彼は何も言わなかった。ゴーティスがこの瞬間を待っていたことを知っているのだ。しかし、ゴーティスが馬を動かすと、ライアンはその横にぴったりと張りつくように馬を寄せてきた。男が、ゴーティスを見て、こちらへ、と馬を先に進める。
「男も一緒か?」
「いえ、女ひとりだけです!」
「――ひとり?」
 馬を走らせる直前、ゴーティスは木立に挟まれた坂道の先を見た。深く暗い山ではないが、女ひとりで移動するには危険すぎる。
 ゴーティスたちは坂道を駆け上がった。近衛兵らしき男の声が風に乗って聞こえてきて、手綱を握るゴーティスの手のひらが熱くなる。その手は、ジェニーの肌を覚えている。
 ゴーティスは彼女を殺すために会いにいくのに、もう一度、彼女に触れたくてたまらなかった。


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